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島原遊郭ぞめき 梅花楼

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                      右のお茶屋が梅花楼

昭和三十七年版の京都市の職業別電話帳のお茶屋の欄を見ますと、当時の島原には、曙、京楽、角屋、清春、清松、千歳、鶴種、鶴雪、東滝野、本滝野、松栄、松葉、輪違屋と十一軒の個人名で合計二十四軒の登録があります。

昭和四十八年版は、角屋、清春、千歳、鶴種、鶴雪、梅花楼、東滝野、松葉、友月、輪違屋と個人名が四軒の合計の十四軒、梅花楼と友月は昭和三十七年には個人名で登録されていました。

昭和五十九年版には、角屋、清春、鶴種、松葉、輪違屋と個人名三軒と合計八軒に減りました。

そして平成八年島原貸席お茶屋組合が解散、歌舞練場も壊されました。

昭和五十年辺りの島原の状況は『太夫になった京おんな』で花扇太夫が語ってくれます。当時夜の定期観光のコースに角屋が組み込まれており、予約によって午後五時四十分と七時半と八時半の三回の席がありました。当時の花扇太夫は八千代の名を戴き、角屋の太夫として観光客相手に“かしの式”やお茶のお手前を披露していたようです。

その後、お子様が生まれ、輪違屋に移り、花扇の名をもらったとあります。先日、旧丹波口駅後の公園で、定期観光バスは、公園の南辺りに駐車していた、と地元の方に教えていただきました。定期観光のコースから島原が外れた後、京都観光のオフ対策として“京の冬の旅”でギオンコーナーの特別プログラムとして平成の初め頃、二月の週末を中心に、太夫道中が組まれていた時期があり、私も拝見したことがあります。

現在、住吉神社の境内に上記の昭和四十八年に載る下之町の今は無い梅花楼(ばいかろう)の描かれた絵が掲げられています。その横には大門傍らに最近まであった交番の写真と「島原名寄一覧」もありますので、島原にお寄りの際は、住吉神社に詣で、是非これらのご覧下さい

梅花楼は道筋を大門から西に突き当たり右に曲がった角屋北の並びにありました。昭和三十九年公開、東映映画“廓育ち”にもその唐破風の美しい重厚な姿が映し出されています。

梅花楼の勇姿は木村聡著『赤線跡を歩く、完結編』の「京都の赤線跡」で青山均さんが撮影した「西門から胴筋へ向かう通り。(B地点)」でも確認することが出来ます。


by gionchoubu | 2016-06-30 11:43 | 島原遊郭 | Comments(2)
Commented by 今紫 at 2016-07-05 16:45 x
ぞめき様、こんにちは。祇園祭に入りましたね。

唐風屋根のお茶屋さんの建物、無くなって残念です。それと紅殻格子に源氏香のレリーフのお茶屋さんも残念です。将来、復元する機会に恵まれますように。嶋原はお茶屋(風)の町並みが似合います。電線地中化、無柱化すると明治以前の姿になり馬琴も驚くでしょう。

おしまいに司太夫さんの置屋さん、嶋原に移転開業したのを葵太夫のFBで拝見しました。嶋原が新たな形の花街として発展し進化することを願います。
Commented by gionchoubu at 2016-07-05 17:44
> 今紫さん

今日は休みをとれたので、先ほどまで島原にいました。その唐破風のお茶屋さんは以前、地元の方に梅花楼と教えてもらったのですが、昭和の住宅地図では、梅花楼がすべて下之町の反対側(東側)に書かれているので、??と思って聞き取りに参ったしだい・・・別の方に聞いてみると、両方とも梅花楼ということで一件落着しました。