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島原遊郭ぞめき 松本由之助

f0347663_11560810.jpg
                   松本楼だと思いますが確証はありません。

角屋と並び、島原屈指の揚屋、松本楼は江戸時代の木津屋だったと渡会恵介『京の花街』に書かれています。ただし木津屋は揚屋でなく、太夫を抱えた置屋でした。明治になって角屋が長松楼、輪違屋が養花楼を名乗った様に、木津屋が松本楼となったのかもしれません。

同書によると、弘化年間(1844~47)の頃には木津屋の主人が島原の年寄役であった事、庭園に冷泉院為紀が名付けた“赤帝の松”というのがあった事、松の傍らに山時代の井筒があった事、さらに焼失したが、吉野太夫の遺墨などを所有していた事、が書かれていました。

緑江叢書『京の舞踊』に、京舞の篠塚流を初代の父から天保十一年、襲名した二代目文三郎の妻は松本楼の娘で、その子も三代目の文三郎を継いでいます。当然当時の島原は篠塚流でした。

『技芸倶楽部』昭和六年の五月号に松本楼のお茶事という記事が有ります。「島原廓の大茶屋松本楼では例年二の午に際して、庭上に祀りある末広大明神の祭典を行ふと共に、抹茶会の催しあり、今年も亦二月二十日の二の午当日開催されたが、参会雅客非常に多く、午前十時から午後四時迄の予定時間はズッと延長され、遂に夜に入るの盛況であった。お手前はいつもながら一寸他所では見る事の出来ない元禄美人、夫は夫は実に花やかなお茶事で男女の別なく来賓一同大満足であった。」

この頃島原の取締りを勤めた松本由之助は藪之内派の茶人でもありました。(『全国花街めぐり』松川二郎著、ただし松本芳之助と誤記されています)

昭和三年に二度目の太夫道中を高浜虚子は松本楼から見物しています。(「島原の太夫道中」ホトトギス昭和三年八月号)それによれば、虚子らが三階の茶室に案内されているので、三層楼であった事がわかります。

そして松本由之助と思しき人物の描写があります。「松本楼の主人といふのが羽織袴をつけて扇子を持って往来に現れた。わが桟敷に座ってゐる人々は、この主人に挨拶を交すことを以って、群集に対して見栄としてゐるのではないかと思はれるやうに見えた。腹の出っ張ってをる、体格の大きな、頭は角刈りにしてをるこの主人は、鷹揚にそれらに答えて、往来の真中に突立ってゐた。」

松本楼が焼けた時、損害は十萬円、松本由之助も全治一ヶ月の火傷を負いました。現在松本楼を偲ぶものは何もありませんが、島原住吉神社に松本由之助の玉垣が残ります。又『京都遊廓見聞録』京を語る会、田中泰彦篇に昭和七年撮影の島原松本楼の勇姿を偲ぶ事ができます。



by gionchoubu | 2016-06-24 11:57 | 島原遊郭 | Comments(5)
Commented by ぬりえ屋 at 2017-01-26 17:12 x
昭和10年2月9日の京都日出新聞に火災の記事載っています。今は旅館になっていますが松本由之助の直系の子孫ではないとのことでした。木津屋と松本楼も同じ場所というだけで関係なし
Commented by ぬりえ屋 at 2017-01-26 17:16 x
ごめんなさい、前の記事見てないので既に書かれていることを書いちゃいました。削除できるなら削除してください
Commented by gionchoubu at 2017-01-26 17:47
> ぬりえ屋さん

コメント有難うございます。この記事をご存じな方は大変貴重だと存じます。削除なんてとんでもない。
Commented by ぬりえ屋 at 2017-01-26 18:39 x
以前、鷹目さんの掲示板で存在が確認できる年月を聞けたので京都総合資料館のマイクロ漁ったら出てきました。
京都日出新聞、結構軟派の記事が多くて楽しいですね。遊女の心中の記事があったり、この火事の記事の横にはおでん屋がカフェ化しているとの記事があったり
Commented by gionchoubu at 2017-01-27 12:08
> ぬりえ屋さん

おでん屋が隠れ蓑のカフェー記事私も読みました。内務省の調査能力は新聞記者の比でなく、私娼の人数、名前まで把握していたと思います。