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島原遊郭ぞめき 輪違屋_f0347663_12221883.jpg
輪違屋、近藤勇の書

輪違屋の高橋利樹著『京の花街「輪違屋」物語』によると、壬生の屯所にいた新撰組が島原に遊びにきていたが、壬生浪に太夫の芸を見せたところで、何のことか理解してもらえなかった。諸国から礼儀を知らない乱暴者たちがやってきて、島原も随分荒れた、と、新撰組を好意的に書いておりません。

輪違屋には「江都撃剣匠浪士近藤勇籐原昌宣」の署名が入った直筆の書が掲げられておりますが、当時はまだ置屋時代、どうも輪違屋の太夫が角屋さんにいって書いてもらったらしいと打ち明けておられます。

近藤勇が島原で馴染みになったのが深雪太夫です。本名はおわか、天保四年金沢に生まれ、京都三本木のお茶屋で奉公の後、十六で島原木津屋から若太夫と名乗っていたようです。近藤勇はよほど惚れていたようで、元治元年、大阪新町の織屋に住み替えさせた後、七条醒ガ井興正寺の下屋敷の休憩所で囲いました。

輪違屋で幕末から明治にかけて輝いたのが桜木太夫でした。安政二年に発刊された宮古現存和歌者流梅桜三十六家選で桜木太夫が紹介されている他、九条武子著の連月には門下生として桜木太夫を挙げており、和歌・書道にも優れた作品を残しています。

歌人として知られた東町奉行同心森孫六は、和歌を大橋長広に学び、輪違屋の桜木太夫のもとに熱心に通い、この教養に富んだ太夫を女房として迎えたいと申し出ました。

しかし太夫は、自分は遊女ですから堅気の方の家庭に入ってもうまく行くはずがありません。奥さんはちゃんとした人をもらい、自分は妾にしてください、と頼みました。その意を汲んで、孫六は桜木太夫を妾として迎えました。

輪違屋ではおのれを弁えたえらい妓という評判になり、茶碗にさくら木と銘を入れたものを配して毎年四月二十五日に桜木忌を行いました。

森孫六は文久二年、九月二十三日、職務として安政の大獄で志士を捕らえたため、勤皇の暗殺団に石部の宿で大河原十蔵、上田助之丞、渡辺金三郎と共に殺され、森、渡辺、大河原の三人の首は粟田口の刑場で晒されました。

桜木太夫は、青年時代の伊藤博文とも馴染みをかさねて居り、晩年は髪を下ろして加茂のあたりに住んだとされています。

慶応三年版『四方のはな』松の粧嶋原名妓譜によれば

輪違屋 花窓太夫、花君太夫、雲井太夫、花香太夫、馴君太夫、八重雲太夫、転進十三人、芸子二十二人、女郎十人

桔梗屋 光人太夫、光扇太夫、高砂太夫、転進十二人、芸子十五人、女郎六人

木津屋 転進三人、芸子二十五人、女郎六人

亀屋 転進三人

井筒屋 馴扇太夫、転進四人、芸子三人


by gionchoubu | 2016-06-01 12:24 | 島原遊郭 | Comments(0)