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by gionchoubu
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東山踊り(真葛踊り)

日本の花街の踊りの最初は京都祇園の都をどりと先斗町の鴨川をどりというのが一般的な解釈と思います。第一回京都博覧会に附博覧会として共に明治五年に始まりました。その次は明治十五年に始まった大阪の北新地の浪花踊だと思います。
大阪ではさらにその後明治二十一年南地五花街による芦辺踊、新町遊廓が明治四十一年に始めた浪花踊り、堀江遊廓は木花踊(このはな)を大正三年に初めています。東京には新橋の東をどりが有名で、こちらは大正十四年が最初の開催です。
興味深いのはこれらすべて自分の花街の名を踊りの名につけていない事です。なぜ祇園をどり(現在の祇園をどりは後に分裂した現在の祇園東歌舞会によるもの)北新地踊、堀江踊り、新橋をどりにしなかったかは、きっと関連があるずです。
緑江叢書の『京の舞踊』によると「下河原の真葛踊」の項があり、これは明治五年の都をどりや鴨川をどりの先鞭をつけたものとされ、そうすると此方の方が花街踊りの濫觴と言うことになります。
又の名を東山踊りと言い、分からない事が多いものの、昭和三十年代後半に、島原の角屋の中川徳右衛門氏がその番附を三枚入手され、そのうち二枚が紹介されています。
下河原の遊所は以前も紹介しましたが、下河原の山根子という芸達者な女達が一廓を持った八坂神社南門から高台寺までの遊所で、明治十九年に祇園に併合されました。
京都府立史料館が編纂した『京都府百年の資料』に明治七年~十二年に下河原の総代願人が京都府知事の槇村正直知事に舞芸興行御願所や宣伝の為の立看板の許可とか色々書いて有りますので紹介させて頂きます。
こちらは総て東山名所踊りになっており、真葛(まくず)は出てきません。真葛原とは知恩院より円山公園、現在の鷲尾町あたりをいいます。まくずおどりではすこし響きが良くないので東山名所踊りにしたのかも知れません。
都をどりも、本来は雅おどりとなる予定でしたが、片山春子(後の井上八千代三世)がミヤビの響きがよくないとお歴々を説き伏せミヤコにした経緯があります。片山春子が偉いのは、このお歴々の顔を潰さぬ様このミヤビを自分の会名に頂く形にしたことで、今でも井上流のみやび会は健在です。
もう一つ島原にも明治七年、八年ぐらいに青柳踊があり、片山春子が振り付けをしましたので当時の島原は井上流ということになります。ちなみにこちらも島原踊ではありませんでした。
by gionchoubu
| 2016-04-03 12:08
| 京都の花街・遊廓
|
Comments(2)
いつも楽しく拝見させて頂いてます。
「下河原の真葛踊」はとても興味深いです。
下河原は明田鉄男の「日本花街史」に、初世井上八千代が舞の指導をした、
とあったと思うので、その辺も関係あるのかもしれませんね。
(P.S. 片山春子は四世井上八千代ではなく三世ではないでしょうか?)
「下河原の真葛踊」はとても興味深いです。
下河原は明田鉄男の「日本花街史」に、初世井上八千代が舞の指導をした、
とあったと思うので、その辺も関係あるのかもしれませんね。
(P.S. 片山春子は四世井上八千代ではなく三世ではないでしょうか?)
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> toesdokushoさん
いつもブログご覧頂き感謝しておりましす。
おっしゃる通り、初世の井上八千代は祇園の前、下河原の山根子の舞の指導をしたという話が残っています。そしてこの真葛踊が都をどりに影響を与えたとも・・・
おっしゃる通り三世さんです。訂正させて頂きました。
いつもブログご覧頂き感謝しておりましす。
おっしゃる通り、初世の井上八千代は祇園の前、下河原の山根子の舞の指導をしたという話が残っています。そしてこの真葛踊が都をどりに影響を与えたとも・・・
おっしゃる通り三世さんです。訂正させて頂きました。
