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by gionchoubu
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京都私娼考 その六

「京にて島原の外御免(公許)の遊女町は、五条坂、北野、内野なり。五条坂はあこや(阿古屋)株と称す。又近年あらたに免許ありしは祇園、同新地、二条新地、七条河原等なり。その外西石垣、上宮川町、東石垣、下宮川町、古宮川町、六波羅野、御影堂うら、都市町、平居町、一ノ宮町、三ノ宮町、膳所うら、富永町、末よし町、新ばし、なわて、川ばた、先斗町、壬生、五ばん町、七番町、三ツ石町、六軒町、寺の前、下ノ森、上七軒、しら女の辻、御霊うら、杉本町、野川町、大門(文)寺町、先斗町、川ばた、灘波町、若竹町、新車屋町、丸田町、檀王うら、等、皆私窠(かくしばいじょ)也、凡洛中半ば皆妓院なり」
享和二年(1802)刊『羇旅漫録』で滝沢馬琴が京都市中の遊所を書きとめ、洛中は半ば色里だとあきれ返っている箇所です。近年あらたに免許ありしは祇園、同新地、二条新地、七条河原は寛政二年(1790)祇園、二条、七条、北野の遊女屋が公認された事を指しています。
上記の遊所には聞きなれたものも、聞きなれないものもあります。『日本花街史』で明田鉄男氏が町名よりその場所を特定する作業をされていますので、私も参加させていただきます。
まず、これらの私窠は馬琴の性格でしょうか、思いつくまま書き並べているのではなく、ちゃんと地区を頭で描いて順序だてて並べているのに気がつきます。
これを大雑把にエリア分けしますと、
1、西石垣、上宮川町、東石垣、下宮川町、古宮川町 石垣、宮川町エリア
2、六原羅野
3、御影堂裏、都市町、平居町、一ノ宮町、三ノ宮町 五条、七条新地エリア
4、膳所うら、富永町、末よし町、新ばし、なわて、川ばた 祇園エリア
5、先斗町
6、壬生
7、五ばん町、七番町、三ツ石町、六軒町、寺の前、下ノ森、上七軒、内野・北野エリア
8、しら女の辻
9、御霊うら
10、杉本町、野川町、大門寺町、先斗町川ばた、灘波町、二条新地エリア
11、若竹町、新車屋町、丸田町、檀王うら
1、は問題ないでしょう
2、を明田鉄男氏は(東山区~大和大路の松原通りを中心とする一帯)としています。私も異議ありません。
3、の御影堂うら、明田氏は今は無い新善光寺、つまり寺町五条下ルとしております。私も全く同感、分かり易く云えば河原町五条の南東部分で現御影堂町、五条楽園に接していました。この群の一ノ宮町は馬琴が単に二ノ宮町と取り違えたもの。
4,5,6も問題ないでしょう。
7、の三ツ石町は現四番町の一部、七番町も現存、六軒町も此のあたりに六軒町通りが走っています。寺の前を同氏は(南区西九条にこの町名あり)としていますが、私は六軒町と下ノ森間のどこかのお寺だと思います。
8、は白梅辻子、9、は上、下の御霊神社があり同氏は下御霊神社と推察されています。但し上御霊神社の方が古く、絵馬堂もあり(人が多く集まった意味を持ちます)さらに下御霊神社はあまりにも御所に近いので状況的には上御霊神社と考えたいところです。ところが関以男氏の『私娼取締考』に、
9、御霊うら・・・下御霊神社の付近、加茂川の西側二条大橋と丸太町橋との間なる地域にして退隠せし御局の如き人々の住居せられし所なり。とあり、さらに維新後風紀上の関係より取り払われたともあるので、下御霊神社と断定できそうです。
10、は二条新地群、
杉本町、大文字町、灘波町は二条新地の構成町、先斗町川ばたを明田氏は本家先斗町と考えておられる様ですが、並びからいっても、矢張り二条新地内の新先斗町でしょう。野川町に関して明田氏は不明としています。私は単に馬琴が中川町を誤記したと思います。
若竹町を明田氏は縄手通三条下ル東入ルとされています。私にも特に異論はありませんが、かつて東三本木花街の西に若竹町があった事を可能性として付け加えます。
新車屋町は二条新地の南が遊里化したもの。壇王うらは壇王法林寺で間違ないでしょう。丸田町に関して明田氏も尋ねあぐんでおられる様ですが、新車屋町と壇王の間に新丸太町があります(新とつきますが昔からある町です)ので私は新丸太町の可能性大だと思っています。
by gionchoubu
| 2016-02-21 13:27
| 私娼
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