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温泉芸者一代記

温泉芸者一代記_f0347663_12382655.jpg

1979年、井田真木子著『温泉芸者一代記』は、深川に生まれ、十七歳で湯河原温泉に八百円で売られ、客をとらされながら、三味線一筋の名妓となった、当時八十二歳のおかめさんの生涯録です。

小学校の時、家庭の事情があり、子供心に「だから、自分の口を食わせられるだけの仕事をぜひ持ちたいと思いました。あたくしね、髪結さんか、お産婆さんになるつもりでしたの。当時は、そのくらいしか女のできる仕事てものがなかったんでございます。」

義父は最初、彼女を磯子の花柳界に売る手筈でいたそうです。

ところが当時芸妓の鑑札申請には、未成年者が勝手に売らされぬ様、法廷代理人(実親など)の連署など細かい規定があり、これを満たせぬ彼女は遊芸の鑑札(寄席芸人、太鼓持ち、新内流し、小唄師匠等)で湯河原の芸妓になりました。

著者の井田真紀子さんは、人材が集まりにくい地方の温泉場などで、こういった名目で多くの年季奉公の未成年者を集める例はままあったのではないか、と書いておられます。

おかめさんが売られた赤ペン(ペン店は湯河原の芸妓置屋を兼ねた特殊飲食店)
には酌婦と芸妓がそれぞれ七、八人住み込んでいた。客を常時とるのは酌婦だが、おかめさんの様に年季で売られた芸妓も年季中は随時客をとらされました。

全国の温泉街に於いて、道後や別府などの公許の遊廓が併設されていたのは例外中の例外で、多くの温泉地では、客をとらされるのは酌婦という名目の私娼、もしくは温泉芸者だったのです。

その中で、「湯河原のペン街に、若いけれども芸熱心なおかめという芸者がいる」と評判になり、のちに東京にも稽古に出かけ、日本橋や新富町の一流の芸者衆
に混じっておかめは自分の三味線芸を高めて行きました。

「いい芸者てのは、まず容姿端麗でございましょ。その次に頭のよさ。座敷で話をさせても面白い。機転が利く。そういった頭のよさ。座敷で話をさせても面白い。機転が利く。そういった頭のよさ。そして、最後に芸でございますね。これが三拍子揃えば、立派な芸者です。どこい出しても恥ずかしくない。

でもさ、なかなか、そうは揃わない。だから、あたくしなんざ、こうやって芸だけを頼りに、山猿で、へへ、、一生おわりますのよ

だけどさ、芸てのはこんなふうに奥が深いから。いくらやっても、これで終わりってことになんないから、あたくし、山猿芸者でございますけど、あといくらかでも生きて、いくらかでも生きてるうちに、三味線をもっと弾きたい。そういう気になるんです。

ね、あんた。だから、あたくしは死ねないんですよ。三味線があるから、あたしは、死ねないんですよ」

難しい言葉はひとつも出てきませんが、男の人が頭で考えた芸者論と違い、人の心にぐいぐい食い込んできます。



by gionchoubu | 2016-01-12 12:44 | 遊郭・花街あれこれ | Comments(0)