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by gionchoubu
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加賀女 その一

桂女とセットで紹介される事が多い加賀女(かがめ)に関しては足立直郎著の『遊女風俗細見』がよく纏まっていますのでそのまま紹介させて頂きます。
“また足利時代に公然遊女として存在したものに「加賀女」というのがあった。『貞丈雑記』に「加賀女というは遊女なり、加賀国より出しなるべし、更に『殿中申次記』に曰く、加賀女は殿中へも参ること自然可在之云々、『条々聞書』に、加賀ぶしなどは今は聞きたる人もまれに候べしとあるは、加賀女の唄ひたる歌のふしを言うなるべし、『殿中日記』に、六月十四日祇園会、かが車公方へ参ることあるも、加賀女の事にて車というのは女の名なるべし、『書礼雑々聞書』に、「公方へ白拍子は不参候、かが女と申す遊女参り候、加賀ぶしなどとてはやり候」云々。と出ているので、桂女とはおのずから、その存在が異なっていたのであろう。”としております。
『守貞謾稿』も加賀女の欄はあるものの、「加賀女も昔の遊女なり。加賀国より出る遊女なり(これも足利幕府の頃ありしなり)加賀節と云う曲あり。加賀女の謡ひしなり。その後中絶、中世、江戸にて歌曲再作するなり」が総てで取り付く暇無し・・・といった感があります。
白拍子、傀儡女、桂女などの遊女形態について多くの研究がなされているのに対し、加賀女に関してはほぼ上記の説明に終始しているのは多分、これ以上の資料がなく、考察の加えようが無いためだと考えられます。
私なんぞが何かを付け加えるのは不遜極まりないのは承知しております。しかし遊女ながら殿中に上がり、公方(将軍)の元に参り候と書いてあるのを手掛かりに書くだけ書いてみます。
私は加賀女は当時の加賀の国、富樫氏か、もしくはその配下のかなりの身分をもった武家の妻、娘達の可能性を挙げたいと思います。
富樫は安宅の関で義経を詮議した歌舞伎の『勧進帳』の富樫一族で、長きに渡り加賀の守護にあたっていましたが、将軍の足利義教が家臣に殺されたのをきっかけに、守護の身分を巡って富樫教家と泰高の兄弟による骨肉の争いが続き、その後富樫政親が加賀全体の守護につくも、混乱の中、長享二(1488)年一向一揆が蜂起して富樫を攻め政親を自害に追い込みました。そして天正八(1580)年織田信長の軍に敗れるまでの百年近く加賀を実質治めたのは一向一揆の人たちだったのです。
政親の一族にとって一向宗は憎悪の対象、主人を戦で失った富樫一族の妻や父を失った娘達は遊女に身をやつして都に登り情報収集に勤しみ再興を誓う。その中で才長け怖ろしい程美しい政親の娘、車は将軍に閨の中で取り入り不倶戴天の敵の殲滅を将軍に誓わす・・・私に小説家の才があれば挑戦したい題材であります。
以上勿論総てが妄想の類でありますが、将軍に近づける遊女がそうそう居たはずもなく、富樫云々はともかく、教養高く、気品と作法をわきまえた武家の娘が加賀女というのは可能性としてあってもいいと思います。
by gionchoubu
| 2016-01-01 12:32
| 京都の花街・遊廓
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