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祇園の太鼓持ち その一

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                       祇園、一力前

元文二年(1737)に書かれた博望子の『洛陽勝覧』を読むと、まだ都も江戸も遊女の世界、芸者や芸妓が現れる少し以前、すでに幇間が祇園町を闊歩していた事を裏付けています。

此辺に太鼓持とてお客を慰め者あり。

名寄

桝之屋四郎八 人形出遣ひ思ひ付、人形さわき上品のそこなり。

すぬ庄兵衛 上芸万能茶も少し立候、お好みなれは国太夫ふしも?よく候

臍本茶平 そろま物真似かほおかしき男にて候。

昆布吉 三味線引、旦那をそゝり上る事希妙也。其後物まね、酒によへは役者物まねもうつり申す候

役者物真似の部

大津屋平五郎 同平助 同鳥羽七

同右吉 同十九 同右七

同四ノ二 同藤七 同久米七

享和二年(1802)滝沢馬琴が『羇旅漫録』で京都、大阪の幇間を評しております。この頃はもう祇園でめきめき芸妓が台頭し遊女が従、芸妓が主になってきたはずです。

「京も大坂も幇間は、一席するに耐えざるものなり。幇間は羽織を着ず。島の内の幇間に、音八といふものあり。これは狂分発句など少しできるなり。又新町に亦助といふ幇間あり。画をよくす。その他は無芸大食、甚だいやなるものなり

京の牽頭は,四条河原などに、網をはりゐて客を引くなり。かくせざればたへて客なしという。牽頭の出る見せは牽頭ばかりなり。祇園はべしても牽頭もちおこなはれず。また男げいしゃといふものなし。皆悉く幇間なり」

文化十一年〜文政九年(1814〜1826)中島棕隠著『鴨東四時雑詞』という漢詩文集にたいこもちの漢詩があります。これを斎田作楽編著『鴨東四時雑詞注解』で説明されているのを私の方で少しだけ手を加えさせていただくと。

色里の繁昌は教坊(唐土の歌舞教習の役所)を連想する。太鼓持ちは腰巾着、うまい座敷を探す。よしなくも付け込み、馬鹿騒ぎ甚だしい。まず駆けつけ三杯して痛飲する。

花街の幇間は皆芸達者で口上手だ。つねに芸妓衆に付き従い歓食を佐く。昔から二軒の店あり。太鼓持の名を掲げて客は之を召す。娼妓と異なることなし。
但し、女の色香に如かざるを以ての故に、連日うれざれる物も亦少なからず。みだりに諸楼に詣り、客の左右に尽くし、打座して以てすすむ。其の日を虚うせざるなり。

棕隠も太鼓持ちに余りいい感情は以ていなかった様です。


by gionchoubu | 2015-12-28 13:25 | 京都の花街・遊廓 | Comments(0)