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先斗町ぞめき その十五

先斗町ぞめき その十五_f0347663_11283469.jpg
瑞泉寺に建つ先斗町の紋章千鳥の由来を記した千鳥碑、前住職がもともと先斗町の公園に有ったものを先斗町の依頼でここに移されました。

2015年9月、北斗書房より自費出版された杉本重雄氏の『先斗町地名考 ポントの謎を解く』は二年前同氏より自費出版された『ポントを解く京都「先斗町」地名考』を改討・改題したものです。

裏表紙には“ポントはポルトガル語で先・先端の意味?「先斗町」は先端・洲崎の町?命名したのはポルトガル人?いつ頃からポントと呼ばれた?ポントを何故「先斗」と書く?「首斗」や「尻無」という字を何故ポントと読む?ポントの本当の意味と語源は?江戸時代の文献資料に基づく考証とポルトガル語解釈の再検討により、ポントという外来語と「先斗町」の地名の謎に迫る。”と有ります。

過去、この先斗町の名前の由来に多くの人が挑戦をされ、広辞苑の産みの親である新村出、早稲田大学の初代図書館館長も努めた市島謙吉、詩人、聖書学者の湯浅吉郎、そして風俗研究家で発禁処分王の宮武外骨も、この件に関し独自の説を唱えました。

先斗町廓事務所所蔵の原本が底本の『京都先斗町遊廓記録』(明治四十二年写、倉田保之編)に「先斗町の字義は川端堤の上に家居し、裏は河原なればさきばかりの町といへるより渾名せしとの説あり。又た船頭町の転訛という説もあり。案ずるに先はものゝ第一としてはじめに同じ斗は二十八宿の一にして、西方に位すものなれば、字通りに読むも万更拠処なきにしも非らざるなり。然るに先斗町と書いてぽんと町と読ましむるに就ては誰しも苦しむ処なるも必竟づる一口村とかいていもあらひ村などゝ読める類ひ多ければセとホとを戯れて呼びかへたるものなるべし。又学説として梵語より出てたるものともいへり」

と、セントと書いてどうしてポントと読むか、それは一口と書いていもあらいと読むが如し・・・と噺家さんの謎掛けの問答のような説をもち出さざるを得ない程、過去多くの文人学者を悩ませてきました。

多くの説は、ポントの発音を人名を含むポルトガル語のPONNTOやPONNTAにもとめておりますが、杉本氏は『スペイン語大辞典』の著書もあり、語学の観点からもこの考察に深い洞察を入れれるのが大変な説得力を持つのです。

又、かつて先斗町が出て来る古地図、古典作品、過去の先斗町の町名由来のすべて(と言っていいでしょう)検証を加え、過去誰もが唱えなかった説に辿りついたのです。

この場所で、その呼称由来を紹介するのも憚れますので、是非興味のある方は京都の中央の名がつく幾つかの市立図書館にて手にとって確かめてください。(書店、通販、出版社、ご本人にも確認しましたが自費出版ゆえ全く流通しておりません。又、最近の出版ゆえ本書が寄贈された図書館の開架で今閲覧できるかは確認が必要です。)

私にとって唯一つ残念なのは、私自身が定年を迎え、日々の激務から開放された暁には、是非この先斗町名前の由来に挑戦しようと思っていたのですけども、この書を読んで圧倒されすっかりその気を無くしてしまいました。

この書が通った後にはぺんぺん草も生えていないというのが実感です。


by gionchoubu | 2015-11-27 11:37 | 先斗町 | Comments(0)