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張店、陰店、写真式・・・全国遊廓案内より その3

f0347663_11031659.jpg

『全国遊廓案内』で紹介された遊廓から、樺太〜関東の間で娼妓の出身県か出身地方について記述がある所を抜き出してみました。

関東地方、数字は娼妓数

東京府


東京吉原遊廓・・・3560、約半分は東京地方の女、他の過半数は東北地方の女
東京洲崎遊廓・・・2500、八割迄は東北の女
新宿遊廓・・・560、福島県、宮城県の女が多い
品川町宿場・・・400、福島県、三重県の女が多い
板橋町宿場・・・98、山形県の女が最も多く
調布町宿場・・・21、栃木、茨城、及東京附近の女が多い
府中町宿場・・・25、土地の者で無く、ずうずう弁の東北女
八王子町田遊廓・・・約100、東北人も相当居る様であるが、戸籍面では東京人が大部分
父島大村役場・・・3、本島人計りである     

栃木県の部

真岡町遊廓・・・16、何れも近県の女
茂木町遊廓・・・4、熊本県と茨城県の女
御厨町福井遊廓・・・36、県下の女及東北地方の女が多い
宇都宮遊廓・・・120〜130、栃木、福島、埼玉県等の女が多い
喜連川町遊廓・・・19、大てい近県の女
矢坂町遊廓・・・13、本県下の女が多い
黒磯町遊廓・・・10人位、重に東北人が多く

千葉県の部

船橋町新地廓・・・112、山形県の女が最も多く、次は東京府の女
松戸町遊廓・・・115、秋田県、山形県の女が多い

茨城県の部

新郷村中田遊廓・・・35、東北地方及近県の女

神奈川県の部

横浜真金町遊廓・・・約500、福島、山形、千葉、茨城地方の女が多い
横浜保土ヶ谷遊廓・・・50、東京地方及関東地方が多い
藤沢町遊廓・・・50、重に東北地方の女
大磯町遊廓・・・8、東京府と茨城の女
吉野町吉野遊廓・・・13、神奈川県、東京府等の女が多い

奥羽地方を見てみます

福島県の部

郡山町遊廓・・・60〜70、女は福島県の女が大多数
福島市一本杉遊廓・・・約70人、何れも県下の女が多い
瀬上町遊廓・・・45、県下の女が最も多い
藤田町遊廓・・・2、3人、全部福島県の女
原ノ町遊廓・・・16,7人福島県、茨城県の女が多い
坂下町遊廓・・・5、新潟県と福島県の女

宮城県の部

大河原遊廓・・・5、殆ど宮城県の女
仙台市小田原遊廓・・・310、近県の者計り
石巻遊廓・・・35、何れも近県の女計り

岩手県の部

水沢遊廓・・・15,6、秋田県、岩手県の女
岩谷堂町遊廓・・・15、殆ど岩手県の女計りだ
黒尻町遊廓・・・20、青森県人が多い
福岡遊廓・・・約10、近県の女である
軽米町遊廓・・・6、全部青森県の女
山田町・・・6、岩手県と宮城県の女
釜石遊廓・・・20、青森県人が多い

青森県の部

三本木遊廓・・・17、多くは近県人
野辺地遊廓・・・30、青森県及秋田方面の女が多い
田辺町遊廓・・・15、近県人多く
七戸遊廓・・・15、重に近県人
青森市旭町遊廓・・・104、青森、秋田県地方の女が多い
弘前市寿町(或は北横町)遊廓、120、近県人が多い
黒岩町遊廓・・・約15、青森県及秋田県人が多い
鯵ケ澤町遊廓・・・35、青森県、秋田県の女が多い

山形県の部

米沢市福田遊廓・・・約35・・・殆ど同県下の女と少数の福島県の女
高畠町・・・8、全部本県下の女
赤湯遊廓・・・13、主に同県人の女が多い
長井町遊廓・・・20、殆ど本県下の女
左澤遊廓・・・14,5、全部本県の女
荒砥町遊廓・・・6、皆本県下の女
山形市遊廓・・・191、一部秋田県人の他は全部山形県の女性
寒河江町・・・6、全部山形県の女
酒田町遊廓・・・約100、秋田県及山形県の女が多い
湯田川温泉遊廓・・・35、全部本県下の女計り
尾花澤遊廓・・・約5,6、重に本県人多い

秋田県の部

湯沢町遊廓・・・14,5、重に同県人
横手町遊廓・・・30、県下の女が多い
大曲町遊廓・・・35、秋田、青森県の女が大多数
秋田市常盤遊廓・・・60人、何れも秋田県の女計りである
能代遊廓・・・80、同県人及近県人が多い
大館町遊廓・・・40、近県人多く

続いて北海道地方です。

函館市大森町遊廓・・・約570、北海道及奥羽地方の女が多い
江差町遊廓・・・12、秋田県、青森県の女が多い
余市町遊廓・・・20、主に北海道及奥羽婦人が多い
岩内町薄田遊廓・・・13、北海道及東北地方の女が多い
小樽南仲枡遊廓・・・約50人、重に青森県、山形県、秋田県地方の女が多い
小樽市梅ケ枝町(北)遊廓・・・約70、奥羽人多く
岩見沢遊廓・・・25、北海道の女が多い
滝川遊廓・・・40、東北地方の女が多い
深川町花園遊廓・・・35人、新潟、山形、青森県の女が多い
留萌町遊廓・・・25,6、重に北海道生まれの女が多い
旭川市中島遊廓・・・約二百人、北海道及東北地方の女が多い
旭川市曙遊廓・・・70、北海道の女が比較的多い
室蘭市遊廓・・・95、北海道の女が多い
苫小牧遊廓・・・30、北海道地方の女が重である
帯広町遊廓・・・40、青森及北海道の女
広尾遊廓・・・12、全部本道の女計りである。
厚峯(岸)遊廓・・・28、青森県及北海道の女が多い
標津港遊廓・・・3、北海道の女
枝幸村遊廓・・・9、皆北海道の女計だ
船泊港遊廓・・・11、全部北海道の女

樺太地方

豊原町豊原遊廓・・・118、中には朝鮮婦人も居るが八割迄は内地の女
真岡町遊廓・・・58、多くは北海道及東北地方の女

以上関東地方の娼妓の出身地を見ると、小規模のところはそうでもありませんが、規模が大きくなるほど東北人が占める割合が多いのがわかります。『全国遊廓案内』がどの程度の信頼性を持つか別にして、ざっと関東地方の七割は東北地方の女で占められていたことになります。奥羽地方はほぼ東北人、樺太も東北人が多かったことが分かります

東北地方に娼妓が多かったのは貧しさ故・・・というのはすぐ頭に浮かぶのですが、吉田秀弘著『日本売春史・考』が此の辺りの事情を丁寧に説明してくれます。

大正二年、東北、北海道は大凶作になり、青森は七割、北海道は九割の減収と言われ、東北では身売りする家が増加しました。

昭和六年には東北地方は冷害に見舞われ、農家は娘を売るしか手立てがない程に追い込まれ、冷害につよい青森のりんご農家はこれを免れたものの、山形県最上郡では467人いた娘のうち110人が売られました。

昭和九年にも東北一帯が冷害凶作に襲われ、娘達は再び売られる運命となり、当時の山形警察調査によると、この年山形県内の娘の身売りは3298人で、そのうち芸妓249人、娼婦(妓)1420人、酌婦1629人であったといいます。

『全国遊廓案内』は娼妓、つまり公娼が中心ですが、私娼の出身県も東北地方の女性が多く存在しました。奉公を目的に上京した娘が言葉巧みに騙されたり、女工募集の名で東京に送り込まれ私娼窟に連れて行かれる例はいくらでもあったと言います。

ただし上の出身地を見る限り、公娼に東京や横浜など都会の女がすくないのも特徴に挙げられます。娼妓になると親などに渡った前借金を楼主に返しつづけるのですが、それまで当然遊廓に縛られ続け、言葉では言い尽くせない程の苦労が続くわけです。

昭和二年、警視庁調査によれば、東京の娼妓数5734人に対し私娼は36452と六倍以上、手軽に稼げ、手軽に辞めれるカフェーの女給や酌婦などは都会の女も多かったというのが私の印象です。

さて、店のほうは奥羽、北海道とも蔭店が主流で写真式は少数派です。




by gionchoubu | 2015-11-15 11:05 | 遊郭・花街あれこれ | Comments(0)