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花街あれこれ *このブログに掲載されている写真・画像を無断で使用することを禁じます。


by gionchoubu

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上七軒ぞめき その十五

上七軒ぞめき その十五_f0347663_11310415.jpg
                         梅花祭

明冶五年に始まった祇園の都踊りや、先斗町の鴨川踊りは、天皇が東京に行かれた後、淋しい都にしてはならぬと、当時の槙村参事が景気づけに博覧会を開いた際、祇園や先斗町に働きかけたことで催された経緯があり、その背景には、普段花街に親しみの無い人にも楽しめるように・・・という思いがあるはずで、その伝統は今でも続いております。

これが後ほど日本中に広がり、大きな都市を中心に、~踊りが盛んに行なわれ、その花街の宣伝効果としても多大な効果を生みました。

お隣の大阪で先陣を切ったのが北の新地の浪花踊りで明冶十五年に始まりました。続いて南地五花街の芦辺踊りが明冶二十一年、新町の浪花踊りが明冶四十一年、堀江の木花踊りは大正三年に始まっています。

芸妓の技芸の練磨に重きを置き、寿の名を冠した温習会をどの花街より熱心に行なっていた上七軒が北野をどりを始めたのが昭和二十七年、その第一回のパンフレットの第一声が、

“「北野おどり」は、天満宮千五十年万燈会に、上七軒が捧げる貧者の一燈で御座います。京の片隅にひっそりと息吹きをつヾけていますこの小さな廓=上七軒、それがどんな町やら、どの方角に当るやら京に生まれ京に住みついていらっしゃる人達のうちにすらご存知無い方も屹度多かろうと思ひます。況して、地方からお出のかたがたには尚更のことにちがい御座いません、古きを良しとする意味で申し上げる訳では決して御座いませんが、此の小さな上七軒こそ、京では一番古いお茶屋の集落なので御座います。”

あくまで控えめ、どこまでも謙虚で打ち通す上七軒の雰囲気がこの「前白」にもくっきりと現れているようです。

この時のお茶屋は森留、望月、万春、藤いく、西らく、住里、出雲、亀政、吉田屋、乃ざき、長谷川、近江家、壇野、千歳、大秀、高たつ、久富、万丈、大市、奥松、ますや、中里、広たか、村井、大まさ、大たか、たつみ、長谷光、大文字、花びし、野村、高光、杉浦、大みの、つるやの三十五軒でした。

第一回の北野天神記は林悌三策で演出が石田民三、三月二十五日より十五日間、毎日三回繰り返し、連日満員で二日間延期した程の人気でした。その後は長きに渡って石田民三作で春の年中行事になりました。しかし何分人数が少なく、踊り方も囃子方も唄方も手のあいている人が衣装のまま陰で演奏し、病人が一人でも出るともう大変でした。

昭和三十年より少し以前の上七軒の様子が『全国女性街ガイド』渡辺寛著に乗ります。それによると、お茶屋は三十五軒で中里、亀政、吉田屋、出雲、はせ川、塩野、万春の名が挙げられ、売れっ妓に三四菊、小菊、〆奴、勝喜代、玉鶴、富野、蘭蝶、玉福、光三、勝三、小米、梅乃で殆ど京女と紹介されています。

昔の上七軒の公休は年に一日のみで、それは二月の丑の日が三度あれば三度目、二度のときは二度目が天神講で、其の日は廓の人全員が早朝北野天神へお詣りして組合からのお土産を貰い、たった一日のお休みを、それぞれ思い思いに過ごしました。

上記の勝喜代姐さん、最近刊行された『京の花街 ひと・わざ・まち』太田達・平竹耕三、編でもよほど思いで深かったのでしょう、この年一回の休みとお稽古の厳しさに触れています。

さて、北野をどりのフィナーレを飾るのは芸舞妓総踊り、お馴染みの「上七軒夜曲」

√北野松原一夜松

天神さんにかこつけて

ちょっと寄らんせ 入りゃんせ

七軒茶屋の 軒行燈

女心が灯をともす・・・

その生い立ちから謎に満ちて、妖しくも、はんなりと、艶やかに・・・甘い言葉に載せられて、ちょっとのつもりでこの北野の廓(さと)に足を踏み入れたなら、二度と抜け出すことは出来ないかもしれません。

参照:京の舞踊、緑江叢書


by gionchoubu | 2015-09-03 11:32 | 上七軒 | Comments(3)
Commented by 植松 at 2015-09-22 01:07
勝喜代さんのステキなお座敷芸は、私が宴会で録画して保存しています。
いろいろ教えていただきました。
Commented by gionchoubu at 2015-09-22 11:36
私も状況が許せば、東、甲部、宮川町の舞妓さんの舞を動画で記録しています。勝喜代さんのお噂はお聞きするのですが、面識はありません。
こういったお座敷芸の記録はぜひ残しておいて頂きたいと願います。
Commented by 植松 at 2015-09-24 20:19
まだお茶屋に上がる前、小料理屋さんに通っていた頃、
勝喜代さんの夕食に巡り会いました。
お座敷遊びの数々を教えてくださいました。
小唄、端唄の替え歌=エッチなものも多いです(笑)
お茶屋に上がるようになってからはお座敷芸を学びました。
録画しました。
現在、芸妓は休業中なのが寂しいです。