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花街あれこれ *このブログに掲載されている写真・画像を無断で使用することを禁じます。


by gionchoubu

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祇園の娼妓 娼妓の試験

祇園の娼妓 娼妓の試験_f0347663_15183775.jpg
                        祇園白川

明冶二十六年の『花柳』に一人の祇園甲部の娼妓さんの話が載っていました。

森若菊・・・祇園新地娼妓中にて、流行妓の一人と呼ばるヽ森若菊(二十六)と云ふは、旧会津藩士森某の娘にして、本名さくと云ひ、父は常に京都の同藩屋敷に詰め居りしが、さくは維新後の生まれにて、父母既に没し、幼年にて他人の手に育てられ、年頃となりて遂に先斗町に身を沈め、後に祇園新地に転じ、又大阪南地に転じ、再び祇園新地に戻りて、今は切通し祇園町東側酒屋の家にあり。

容貌可なりにて、行儀正しく、流石士族の娘と云はるヽ品行あり。

左ればこそ、先年縄手の浅愛の客にて仙台の某豪家の息子、若菊を招きてより、此女の尋常ならぬ風こそ大に気に適ひ、五百円を投じ、落籍して国へ連れ帰らんとしたるも、女は、其意こそ有難けれども、京都には父母の墓あり、兄弟とてなき此身の遠国に在りしては、香花の墓前に絶る事もあらば、不幸を重ねる道理なれば、折角の思召なれども、遠国へ落籍さるヽ事は叶わじ、との事に他人の之れを聞きて、長く行き居るに及ばぬ。

一時其地へ行て、宣い加減にして元の京都へ帰り来らば然るべしと、悪き知恵をつける者さへありしも、女は断じて曰く、大金を投げ、此身の苦界を落籍させうとの志に対し、何ぞ左る薄情な事の出来るものか、と堅く採て動かず。

客其内情に感じ、落籍を止めて別るヽに及び、若干の金を贈り、大いに其心を慰めたりと、嗚呼、若菊の如き志を以て客に接する時は、必ずや之れに報ゆるの幸福こそ来るなり。

勤めの上の手練手管は商業的の駆引なり其一身を修むるに至りては誠心を以て之れに対するは是ぞ誠の人なり。

其営業は賤むべきも、其志こそ実に泥中の蓮とも云ふべし。

我が花柳は此若菊の如き人を称せずして、可ならんや、可ならんや、

「京によきもの三つ、女子、加茂川の水、寺社。あしきもの三つ、人気の吝嗇、料理、船便。たしなきもの五つ、魚類、物もらひ、よきせんじ茶、よきたばこ、実のある妓女。」と100年前、こう馬琴は京を評しました。
彼女こそ、京の実のある妓女と言えるでしょう。

さて、この頃祇園甲部では、隔月二十六日に新規に開業する芸・娼妓の試験がありました。

試験場は祇園新地甲部女紅場で、芸妓に対しては受験科目を四つ本人より選ばせ、教師が一つずつ試験しました。

娼妓に関しては、まさか試験場に床を引いて試験官が娼妓候補者と実地試験をするわけにもいかず、言葉使いや、立ち居振る舞いを試験しました。

明冶二十五年十二月、二十六年一月の受験者は、芸妓十九人に対して娼妓九人でした。芸妓候補者の中に美形で名高い、二十六年のねりものにも名を連ねた小島ふくの名があります。(当ブログ、祇園ねりもの二十七で官女に扮した彼女の画像をご覧いただけます。)



by gionchoubu | 2015-07-30 15:21 | 京都の花街・遊廓 | Comments(0)