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by gionchoubu
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猪崎新地ぞめき 芸妓と娼妓

福知山は今でも洪水に悩まされているのは報道で見かける通り、私は今年六年ぶりに訪れましたが、猪崎新地は由良川沿いに有るのにかかわらず、殆ど代わっていない印象でした。
さて、Sさんが聞いた話によると、雨が三日も降り続き由良川の水が増水し、猪崎新地の入り口あたりも水が道路に上がってくると、遊廓に来るお客さんもありません。あえてそういう時を選んで、洪水の中、着物をからげて、ざぶざぶ水を渡って遊びに来る者があったそうです。
なぜかというと、洪水でお客は来ないので、遊客は娼妓を選びほうだい、あわよくば花代も値切れる、きっと自宅は洪水の心配がなく、帰りは山路を通って帰るに違いない。その人の名前はいえません、と前置きした上Sさんは「上手な遊び方かも知れませんが、まことに浅ましい遊びと私は考えますねえ。」と語りました。
つづいてVさんの話。芸妓や娼妓を呼ぶのに花代は一本一時間、ただし準備、後始末、交通時間も含めるので一本の正味四十分くらい。花代は検番で決められており、値切れないことになっていました。
ところが、Vさんはある裏技で花代をやすくしてもらいました。それは有名なお稲荷さんのお札を持っていくというものです。こういった商売は大抵お稲荷さんを祀り、その信仰は非常に熱心なもの、貸席の人も、実際にお稲荷さんの札をだされると、値引きの方便と分かりつつも、神棚に上げ、いくらか引いたそうです。
著書の塩見利男さんも「なんとみみっちい遊び方もあるものだと思いました。」と本文で呆れておられます。
体を売ってしまう芸妓、しかも相手を選ばず誰とでも転んでしまう芸妓を不見転と書いてみずてんと呼んでいました。相手を見る事なくところかまわず転ぶ芸者は東でも、西でも不見転芸者と蔑称しました。
ここまで極端でなくても、普段芸しか売らないはずの芸妓が、時と場合によってはそうとばかり言ってはおれない状況もあったようで・・・
Nさんが先輩二人と三人で猪崎新地の、とある市内の有力者の二号さんが経営していた貸席へタクシーで乗りつけました。その二号さんは花柳界出身の美しい人で、なかなかのやり手との評判でした。
娼妓三人を呼ぶところが二人しか手配できず、後輩のNさんは待つのを覚悟しましたが、先輩達は「おかみ何とかせよ」と言い残し部屋に消えました。
女将さんはNさんの為に手配したのが、なんと娼妓さんならず若い芸妓さんだったのです。その芸妓さんは、女将の命令なら拒めなかったのでは、とNさんは述懐しています。
終戦後、ある料亭でその芸妓さんが仲居として働いているのを聞き及び、客として会いにいきました。Nさんが階段の途中で「今幸せですか?」と声をかけると、それには答えず「子供が三人います。」との返事でした。
Nさんは、以前の事を大変気の毒なことをしたと思っており、現在で一万円ほど手渡して「子供におやつでも買ってあげて」と渡し、その後も時々飲みに行きました。
元芸者の仲居さんはお酒がとても好きなので、Nさんはいつも、心置きなく飲ませてあげました。酔うとNさんの膝にももたれ掛って眠りました。主人は何か事情があって家には居られないので仲居勤めで生計を立てているとの事。「夫がなければ貴方と」とじっとNさんを見上げる事があったそうです。
子供の頃からきびしい芸の練習にあけくれ、座敷では実業家、旦那、若旦那、地元の有力者、色んな人に出会うも、あくまで座敷と言う限られた空間の中でのみ、本当の男性を見る目が育たず、花街という鳥籠を離れると、だめな男の食い物になっていた元芸妓さんも多かったようです。
『京の花街』で渡会恵介さんも、生活力の逞しいのは娼妓さんで、娼妓あがりで、ちゃんと小料理屋を経営している妓もいたりする、これはどんな商売をしても、前職に比べ恥ずかしいという気持が芽生えないからであろう、と言っておられます。
一方芸妓はプライドが邪魔をする。「何でも知っているようで、何も知らないのが芸妓さん」耳学問があっても、経験がないのが芸妓さん、とも祇園東の項で述べられています。
女性の生き方とは、なんとなく辻褄が合ってくるものなのか、それとも合ってこないものなのか、花街、遊廓という所は色んな事を考えさせてくれるのです。
by gionchoubu
| 2015-06-23 12:08
| 京都の花街・遊廓
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