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花街あれこれ *このブログに掲載されている写真・画像を無断で使用することを禁じます。


by gionchoubu

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猪崎新地ぞめき 陰見世

猪崎新地ぞめき 陰見世_f0347663_13233124.jpg
                    吉原の張見世、女性や子供まで・・・見せ物の語源かも

『遊郭をみる』下川耿史、林宏樹著は大変な労作で、私も愛読、参考にさせて頂いている素晴らしい一冊ですが、猪崎新地の項で一つだけ私の見解と違う所がありますので、引用させて頂き、思うところを書かせて頂きます。

それは「猪崎新地の最大の特徴は、各地で店先で客と対話して誘う張り見世が禁止され、娼妓の写真を飾った写真見世に替わった時も張り見世を続けたことであった」という箇所です。

これは塩見利夫『猪崎ものがたり』の「福地山の猪崎は面白い所だ、他の新地と呼ばれる所では、妓の写真がかかげてあってそれによって指名するのに、猪崎では、直接に面と向かって話をし、冗談をいいあって相手をきめる。そこに何ともいえぬムードがあり、廓の中をひやかして廻るのが面白いと、神戸や姫路の方からでも、車で出かけて来る人があったと聞いている』から張見世と判断されたと思います。

私は猪崎が張見世でなく、陰見世だったと思います。張見世は以前紹介させて頂きましたが、妓楼に面した、一段高いころに構えた格子の中に遊女が幾人も姿をさらし、往来から遊客が妓を選べる形式で、大正五年、警視庁は非人道的とし、これを禁止しました。

まず、状況から考えてみますと、昭和の始め、日本全国五百三十四あった遊郭のうち、福知山のみが国禁をものともせず、張り見世を取り入れることなど絶対出来なかったと思います。遊郭は市や、町が区域を指定し、県が免許を与えて警察の管轄に置いたもので、当時の福知山の警察がこれを見逃すことは有りえないと思います。又、猪崎が張見世だったら、いくつも猪崎新地を紹介した本で触れられていると考えるのが自然です。


(↑昭和五年発刊全国遊廓案内を見ると栃木の久下田町遊廓(娼妓八人)、平塚遊廓、熊本の三角遊廓が張店の記述がありますが、私の意見は替わりません。ちなみに同書では福知山遊廓は陰店となっています。2015/11/11加筆)


猪崎は陰見世だったはずです。大阪も兵庫も基本は娼妓を写真を見て選ぶ写真式でしたので、娼妓と対面して指名できる陰見世はめずらしく、遠方から訪れる価値が有ったのでしょう。『全国遊廓案内』にも、「店は陰見世式で写真は出て居ない」と紹介しています。

『廓の生活』中野栄三著を開いてみると、福島の飯坂遊廓では夕方になると、表通りの格子窓をあけたり、仙台の遊廓も表の障子を外して妓を見れる様にしたそうです。まあ名づけるなら積極的な陰見世と言えるでしょう。

岡山遊廓乙部の娼家では、のれんを一つくぐると、傍らの一室に妓が群れており、熊本の二本木遊廓でも、玄関をあがった次の広間が妓の溜り場で、遊客が選び易くしており、表に見世こそ張っていないものの、一旦建物入れば、娼妓と対面できるわけで、これらを総称して陰見世といっていました。

さて今一度『猪崎ものがたり』に戻ると、Dさんの話に「猪崎の遊女をぶらぶらと歩き廻り、各遊女屋へ入り込んで、庭先で娼妓と二言三言話して相手にしては、また次の家に行く」という記述がありますので、岡山遊廓乙部や二本木の様な消極的な陰店だったのだと想像できます。

さて、猪崎は娼妓が居稼ぎでなく、置屋から揚屋に送る形式だったので、客は置屋を見て廻った後に、気に入った妓を指名して呼びにやったと思います。

ただしこの辺は、私も断言できる程の自身がありません。


by gionchoubu | 2015-06-15 13:26 | 京都の花街・遊廓 | Comments(0)