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張見世、陰見世、写真見世

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                 絵葉書に見る吉原、張見世

吉原が舞台の映画で、外の通りから一段高い格子越しに客が覗ける部屋で、悠然と葉巻を嗜む花魁を見ることがありますが、この格子越しの部屋を張見世(はりみせ)と言います。

張見世は妓楼の表に面した広い座敷で、奥の襖には極彩色の絵が飾られ、遊客の気分を盛り立てました。吉原見物には店に上がらず、これだけを楽しみに吉原通いをする人もいました。

相惚れは額へ格子の跡がつき・・・という句を見ると、男と女、時には商売抜きで惚れあう事もあったのでしょう。  

しかしながら、娼婦が店先に並んで、誘客に顔を晒すのは女性を侮辱するものだとして明冶三十六年頃から廃れ、大正初期に法令化されました。そしてお客は写真式で妓を選んだのです。

下川耿史、林宏樹著『遊郭をみる』によると、京都府福知山猪崎新地では、禁止後も張見世を続けたので、娼妓との会話を楽しみとする男達が他県から車でやってきたそうです。(実際は陰見世のはずです。後日猪崎新地ぞめきで明らかにします)

写真見世は言葉通りで、店頭に妓の顔写真が額などに入れられ、その下に名前を書き、客は妓を直接見ることが出来ず、写真で選びました。法令以前、明冶十年七月、京都の島原は写真見世形式になりました。

もう一つが陰見世です。『全国遊廓案内』でか「表に店を張って居ずに、くゞりを這入って、表から見えない所に店を張って居る事」という表現をとっています。

京都市にあった五条楽園がまだ七条新地と呼ばれていた頃、いわゆる写真式で写真をショーウィンドウのように飾っていましたが、売防法施行直前には“照らし”といって蛍光灯のスポットライトを当てた陳列棚に女が並んでいて、のれん越しに顔が見えたそうです。表向きは陰見世であっても、業者は知恵を絞り、ぎりぎりの所で勝負せざる負えない状況だったのでしょう。

廻し制度(以前説明しました)の妓楼で客が入るのは大部屋、廻し部屋、本部屋があり、この順で料金が高くなりました。大部屋は広間を屏風などで仕切って使用しました。
廻し部屋は、割り部屋ともいい、小部屋が並んでいるような作りで、妓が順に廻って床をつけました。江戸前落語でよくこの状況が語られます。

さて、本部屋は上妓に与えられた専用の部屋に客が入ります。妓は実際ここで生活するため、長火鉢、箪笥、家具調度品があり、独特のなまめかしさがあり、女性の私室に招きいれられるという風情が料金となって跳ね返ってきました。


by gionchoubu | 2015-05-17 12:02 | 遊郭・花街あれこれ | Comments(0)