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花街あれこれ *このブログに掲載されている写真・画像を無断で使用することを禁じます。


by gionchoubu

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花街度数 中編_f0347663_11150685.jpg
                   上七軒の皆さん、ずいき祭り
京都の欄をみますと、上七軒には貸座敷が三十三軒有りますが娼妓は二人のみ。ということは、娼妓を置いた置屋が一軒か、最大二軒で、三十一軒か二軒が数の見えない芸妓、舞妓が入る本茶屋と芸・舞妓が所属する置屋ということになります。

ですから、貸座敷総数を娼妓数で割り、その数字が高ければ高いほど、芸妓の割合が高く、花街度が高いといえます。京都でちょっとやってみますと、

上七軒        16.5   芸妓本位
北新地(五番町)  0.2   甲部、芸妓本位 乙部、娼妓本位
祇園甲部      4.7   芸妓本位
祇園乙部(東)   0.8   芸・娼両本位
宮川町        1.1   芸・娼両本位
島原          0.4   娼妓本位
先斗町        5.1   芸妓本位
七条新地      0.2   娼妓本位

つまり、京都ではこの度数が突出している上七軒、先斗町、祇園甲部が芸妓本位、度数が1前後を芸・娼妓本位、0,5以下を娼妓本位とすれば、同じ頃かかれた松川二郎の『全国花街めぐり』の京都の項で「芸妓本位の花街にも少数の娼妓があると同時に、娼妓本位の花街にも若干の芸妓が居る。例えば妓甲にも太夫が居るし、島原にも芸妓が居るの類である。」と説明していおり、甲部、乙部と二つに分けた北新地以外、私の分類と一致します。

祇園甲部の太夫には奇異の感じを持たれる方もいらっしゃると思いますが、この頃祇園には島原太夫と同じ装束をした太夫さんが何人もおりまして、人通りの多い祇園で太夫道中をやったりするので、各方面から苦情がでました。

興味のある方は、京都府立総合資料館に昔の都をどりのパンフレットが所蔵されていますので、ご覧いただければ、幾人もの祇園の太夫の写真を見る事ができます。

さて、娼妓のいる花街で全国で一番花街度が高いのが上七軒で、これは京都でもぶっちぎりの高さにあります。

実は上七軒は長きに渡って多くて二、三人、少なくとも一人の娼妓さんを置く伝統がありました。『技芸倶楽部』に小太郎という娼妓さんの話が載りますので紹介させて頂きます。

彼女は元は別の土地で酌婦をされていたらしいのですが、兄が電車の車掌の勤め中に負傷し、家政が立たなくなりこの稼業に入りました。

ただし大変内気な性格なので、同業者のいない上七軒を希望し、その頃上七軒唯一の娼妓となったとの事でした。小太郎の性格は頗る柔和で愛嬌者、余暇にお茶、お花、裁縫の勉強をしていたそうです。

何故上七軒が少数の娼妓を置いたのか、それは普通に考えて、芸妓さんの身持ちを崩さないという目的があったと思います。

多くの芸妓さんの防波堤となり、身一つで寄せる高波を蹴散らした小太郎さん、沢山稼いだ後、いい旦那さんを見つけ、普通の奥さんとして、幸せな残りの人生を送ったのを祈るばかりです。




by gionchoubu | 2015-05-12 11:20 | 遊郭・花街あれこれ | Comments(2)
Commented by 番太郎 at 2015-05-12 16:35
祇園甲部にもショウギの居た謎が解りました 性の防波堤 戦後の慰安所と同じ発想ですね。
Commented by gionchoubu at 2015-05-12 17:53
幕末の芸娼妓名簿をみると祇園のお茶屋でも遊女を置くことがあったみたいです。
当時一力さんにもイチ、リキ、マンの三人が所属されていました。
御存じの方も多いいと思いますが、歌舞伎の世界で万の字を崩したのが一力で、今でも万亭と呼ぶ方はいると思います。