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花街度数 前編_f0347663_10534601.jpg
          鳥取県倉吉の梅乃家さん、ネットで見ると取り壊された様です。残念!         

『全国遊廓案内』の遊廓語(さとことば)のしおりに貸座敷を「芸娼妓の置屋、揚屋、又は兼営の家等を総称したもの」とあります。

貸座敷という言葉が生まれた背景には明冶五年の「マリー・ルイーズ号事件」があります。この名を冠した南米ペルーの船が横浜に寄港したとき、奴隷の一人が停泊中の英国軍艦に助を求めました。困った英国軍の館長は日本側に奴隷の処遇を委ねます。日本側は国際法違反として奴隷を解放しました。

激怒したペルー側が弁護士を通して主張したのが「日本には、奴隷と全く処遇の替わらない公認娼妓がたくさんいるじゃないか、そんな日本が国際法を縦に奴隷のことをとやかく言う資格はない!」と、これには日本側も抗弁できず、その結果、外圧によって生まれたのが芸娼妓解放令なのです。

そしてその副産物として便利な言葉、貸座敷が生まれました。その解釈は、貸座敷の経営者は娼妓を身代金によって束縛しているのでなく、只、彼女達を寄宿させ、部屋代や設備の貸与料をもらっているだけです。その稼業は自由意志によってなされていうレトリックを用いたものです・・・こういった法律上の詭弁が今の日本の他の分野でも根付いて、利権を生んだりしていませんか?

とにもかくにも貸座敷とは便利な言葉で、島原の揚屋も、祇園のお茶屋も、上七軒の置屋も、七条新地妓楼も遊女屋も、東京の引き手茶屋も待合も全部貸座敷一言で済ますことが出来るのです。

しかし困ったことが一つあります。それは貸座敷とあれば、それが芸妓の入るお茶屋なのか、舞妓が住む置屋なのか、はたまた娼妓が入る妓楼なのか、それとも娼妓置屋か区別できないことです。

昭和四年に春陽堂が発行した上村行彰著『日本遊里史』の付録にある日本全国遊廓一覧には当時の全国の遊廓の所在地、俗称、貸座敷数、娼妓数から健康診断所、その廓の指定病院から病床数、健康診断及び治療に関する諸費まで載ります。

花街や遊廓には時代によっても、色んな捉え方ができ、定義するのが難しいのですが、今回はざっと大まかに、1、娼妓のみで芸妓のいない所、2、芸妓も娼妓もいる所、3芸妓のみで娼妓のいない所の三つのみに分けて考えてみます。娼妓とは公認遊女の事です。

日本遊里史が対象にしているのは1,2のみで3の芸者町には一切触れていません。たとえば東京でいうと、芳町、柳橋、駒込、芝浦、新川、根岸、神田、日本橋、下谷、駒込、神田、新宿、新富町、浅草、五反田、深川、四谷、新橋、目黒、渋谷、大塚、芝神明、白山、湯島天神、向島、九段などの花街は含まれていませんし、関西では明冶四十二年の大火後、梅田駅に近い為公証業者を廃し、芸妓一本になった曽根崎新地(北新地)が含まれていません。


by gionchoubu | 2015-05-10 10:59 | 遊郭・花街あれこれ | Comments(0)