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亀岡の花街

亀岡の花街_f0347663_13103894.jpg
                       新町付近
亀岡の花街について調べたものの、どんな所だったのか、新旧亀岡市史、府立図書館、史料館、亀岡市立図書館、亀岡教育委員会、亀岡文化資料館、近所の人にお聞きしてもわかりません。

全国花街連盟が昭和三十年ごろ調べた全国の花街所在地に名前が載っている事と、戦前の技芸倶楽部でもごく簡単に述べられたぐらいで、色々な資料をみても亀岡に確かに存在した花街の事はでてきません。

理由の一つは、京都府で言えば、綾部、峰山、宇治、園部がそうであった様に、全く遊廓の時代をもっていない純粋な花街、芸者町というものは、建築物を含め、妖しい光を放たず、内部にも外部にも、興味を持つ人が殆ど居ないことが挙げられるでしょう。

もう一つは、亀岡は京都市の続きのような立地で、祇園、宮川町、上七軒、先斗町、島原など全国に名を轟かした花街がつい近くにあれば、中々地元の花街の事を熱をもって語る人が少なかったと想像できます。

それでも、亀岡の花街に愛着をもって書かれた二つの回顧録がありますので紹介させて頂きます。まずは大槻嘉男著の『亀岡と私 喜寿の人生記録』で「戦前は亀岡にもたくさんの芸妓さんもいて、うまく遊ばせてくれたが、私は夜の診察がすんでからでないと遊ぶ事もできないので、おそがけのお客さんになる。にぎやかな方なので、だけかれとなく友だちを誘って行く。昔は遊び人も多かった。とうとう四時、五時という綽名がつけられていたが、家に帰った途端、酔が回ってそのまま寝てしまうこともあり、家内や雇人に迷惑をかけたことも一度や二度ではなかったと思う。借金はかさむし、まことにすまないことをしていたと、家内には今でも頭が上がらない。今は芸妓はいないも同然、亀岡のよき時代であった。」

しかし、亀岡花街の記述はこれだけで、これに続くのは祇園、先斗町そして上七軒で遊んだお話になります。

もう一つは『亀岡風土記』福知正温著で「(人力)帳場と車庫は、隣の佐藤朝日新聞販売所の真前にありました。芸者はんや料理屋帰りのお客の迎えをやったんですわ。昭和五、六年頃までやってました。人力車は十台から十五台ありました。この頃の新町は、自動車(トラック)が一日一台か二台通ればよいくらいで、常は静かなもんでした。けど、昼でも三味線の音が聞こえてくる、そら粋なゆうか、風流ゆうか、そんな町でした。というのはね、下手な図ですけど、ほれ、新町に近い本町に春之家、吉野家、それに新町は鴨井、旅籠町に宝来屋と、四軒も芸者の置屋はんがあったんです。そやから、芸者はんが三味線の練習ですわ。料理屋は高嶋屋、改開楼、山金楼と三つもあります。そらようはやりました。赤い前掛けしてお客を出迎えした女の人の姿は、今でも目に浮かびますわ。昭和十年頃が一番盛んな時でしたやろう。料亭から声がかかると、芸者はんが、おちょぼ(芸者見習いの小さな子)をつれて、三味線の箱をもたして歩いていく姿、艶やかなもんでした」

さらに『亀岡風土記』の回顧では「わたしのとこは銭湯やっていますやろ、新しい芸者はんが来ると、よろしゅうお願いしますゆうて、はがき二枚と名刺と、名前を書いた長さ四十糎、幅七、八糎の木札をもって来はりますのや。それを男湯の出入口の上、脱衣場から見える梁にかけるのですわ。わたしが覚えとる昭和初期、五十枚ぐらいはかかっていましたやろ」

亀岡の花街を形成したのは、新町、本町、旅籠町の接する、元山金楼のあたり(現在駐車場)が中心であったはずです。大正から昭和初期まで、新町は旧城下でも屈指の繁華街でした。

大正四年発行の『京都府誌下』によれば大正二年,芸妓が20人登録されていた事になります。

山金楼(やまきんろう)は大正の頃、山崎金之助を初代とし、二代目甚之助、三代幸次郎とつづいた料理屋で、カフェーと呼ばれ親しまれた時代もあったようです。

何れにしても、亀岡の花街については、いつ頃出来て、いつ頃無くなったのか、踊りは何流であったか、検番があったのか・・・この辺りは亀岡の人たち自身が聞き取りをして、歴史に残す必要があると私は思います。

その時間はそんなに残されていないはずです。

*『京都年鑑』昭和三十五年に、亀岡芸妓組合に芸妓十八、置屋十一とあります。(2016,3月7日付記)

亀岡の花街_f0347663_13121331.jpg
                         山金楼               
亀岡の花街_f0347663_13152903.jpg
                         山金楼跡  
亀岡の花街_f0347663_13182779.jpg
                      置屋さん二軒があった本町

by gionchoubu | 2015-04-06 13:19 | 京都の花街・遊廓 | Comments(9)
Commented by とおりすがり at 2016-09-27 11:19 x
明治35(1902)年俳書堂から出版された俳人で新聞記者の中村楽天 (修一) 著の紀行文
「徒歩旅行」232頁によると
改開楼を利用した著者が亀岡署に聞いた話として当時芸妓が23名いたとの事。
ついでに人力車は130輌弱、猟師は42名いたそうです。
Commented by とおりすがり at 2016-09-27 11:33 x
楽天は行く先々で芸妓や娼妓の有無・人数調べたりしてるので一読お勧めします。
国会図書館デジタルコレクションから無料で閲覧できます。
Commented by gionchoubu at 2016-09-27 18:36
> とおりすがりさん
大変貴重な情報頂きました。感謝しております。中村楽天、全く知りませんでした。亀岡でガイドをされている方に、亀岡の花街について最近お聞きしたのですが、全く御存じなかったので、亀岡芸妓は完全に忘れられた存在の様です。
国会図書館デジタルコレクション、開いてみます。
とり急ぎ御礼まで。

Commented at 2017-03-08 02:08 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2017-03-11 14:32
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 中村信幸 at 2018-01-12 07:52 x
亀岡に住んでいますが、新町にあった山金楼、載せていただいてありがとうございます
先日、友人と話をしていて、新町の角に古風な建物があったが、名前が思い出せない
っと言うことになり、〇〇楼までは思い出せました
このページのお陰で山金楼がわかりました
写真も懐かしいです
ありがとうございました
Commented by gionchoubu at 2018-01-13 15:38
> 中村信幸さん。

コメント有難う御座います。弊ブログがお役に立てたのなら嬉しく存じます。
山金楼、部外者がとやかく言う事ではありませんが無くなったのは、残念です。

亀岡祭り、京都を含む他の地ではなくなった“ねりもの”のスタイルを一部残しているようなので是非拝見したいのですが、いつも仕事と重なって見れません。
いつか是非拝見したいと思っています。
Commented by 中村信幸 at 2018-01-22 19:58 x
亀岡祭では、翁山鉾保存会で車方をしています
鉾の大きさは祇園祭と比べると小さいですが、町の辻々を回るにはちょうどの大きさです
息子二人は囃し方と音頭取りをしています
一家総出です
また、お時間が有りましたら亀岡祭におこしください (^^ゞ
Commented by gionchoubu at 2018-01-24 12:32
> 中村信幸さん

コメント有難うございます。
そうですか、翁山鉾保存会で車方をされているのですか。
大津祭りでも感じましたが、亀岡祭りも観客との距離が近く、
ふれあいが有り、本当の意味でのお祭りなのでしょうね。
京都の祇園祭りで無くなった風情が残っているのでないのでしょうか?
来年セミリタイアしますのでお伺いしたいと思います。