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by gionchoubu
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宮津 新浜ぞめき その三

又、ケラーマンは著述家の資質として、冷静な分析で宮津花街を観察する一方、本人も書いておりますが宮津芸者に対する尊敬と愛情が、この一篇を読むものを、当時の新浜の紅燈が艶かしくゆれる世界へと誘うのです。
彼は芸者一般について「芸者は遊女よりも上の階級に立っているけど、一般から言って特に尊敬されているという訳にはゆかない。お茶屋に娘が出入りするやうになると、その娘は泥水に足を入れたと人から言われて、それを止めると泥水から足を洗ったと言われる。けれども結婚すれば、過去の生活はすっかり消えたように忘れられて、良人(おっと)の社会的地位をそのまゝ妻も持つことになる。これは芸者も遊女も同じ事である。」と、微妙なニュアンスに触れています。
彼の説明は舞妓以前の仕込みさんから始まり、まず、女の子が大体六歳でこの世界に入り、歩き方、座り方、物を差し出す事、挨拶そして花の活け方や、茶の立て方なども含めた行儀作法を習う、そして最初は太鼓の打ち方から入り、八歳になって三味線と踊りを練習始める事。
そして、同時に歌も習うが、一年で一番寒い「寒」を含む一ヶ月、まだ薄暗い早朝に、朝日の出るまで、声が潰れるまで毎日歌い、渋い声を得るという、厳しい練習法を紹介しています。
それから修行は鼓(読む人が想像出来るように、大きな砂時計の様な楽器と絶妙の説明があります)を始め、特別な才があれば、胡弓を習得し、最後に最も難しい琴に行き着く事。
ただし、女の子が不器用なら、茶屋の主人はその子を両親に返しますが、見込みがあると稽古を続けます。だから若い芸者は最初の二、三年は無報酬でお座敷を努め、お礼奉公に入るが、茶屋の主人は三年分として、両親にまとまった金を払う。基本的に芸者も遊女も貧しい家の出が多い事。
以上は、一般的な関西の芸所といわれた花街、特に祇園の風習に近いものですが、祇園と宮津の関係については、後ほど卑見を述べて見ます。
今回の最後はケラーマン(秦豊吉訳)による舞妓の店だしの様子の一文です。
「(舞妓に)付添って行くのは、茶屋の主人、女の上に日傘をさしかける下男、新しい踊り子の名刺を入れた小さい籠を持つ女中などである。その女の子は町の狭い通りをちょこちょこ歩いて行く。人々の微笑に見送られて行くその子は、王女のやうに着飾って、目を真直ぐに前の方へ向けて香水や白や漆の好い匂いを撒き散らして行く。茶屋の主人は旅館の主人の前にお辞儀をして、かう言ふ。おゝ、旦那様、失礼ですが亀の松を御紹介申上げます。まことに上手な踊り子でございます。どうぞ御贔屓くださいますよう私からお願ひ申上げます、と言ふ。」
店出し、舞妓という言葉は使われておりませんが、舞妓の店だしに違い有りません。
by gionchoubu
| 2015-02-20 13:18
| 京都の花街・遊廓
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