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花街あれこれ *このブログに掲載されている写真・画像を無断で使用することを禁じます。


by gionchoubu

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建仁寺、薬師図子の熊野比丘尼、前編

建仁寺、薬師図子の熊野比丘尼、前編_f0347663_12103589.jpg
只今御笑草より小比丘尼を従えた比丘尼

熊野比丘尼、勧進比丘尼とは、本来、中世ごろから諸国を遍歴して、ひとすくいの米麦や銭の法捨、報捨を受けたり、午王という、紀州熊野の三山から頒布された符印を売ったりしていた仏門の女達のことですが、いつしか遊女の言わば隠れ蓑として跋扈し、十八世紀の半ば江戸幕府が本腰を挙げて取り締まるまで、特に江戸の町で猛威を振るい、遊女の代名詞になったほどの繁栄をとげました。

この比丘尼には、地獄絵図の絵解きをしながら回る絵解き比丘尼や、ぴんざさらという薄い木の片を数十枚あわせ、両端を握り、これを伸ばしたり、縮めたりして鳴らす楽器にあわせ、俗謡をうたって勧進する歌比丘尼などがあり、明暦、寛文の頃、家綱の風紀取締りで、私娼などが閉塞した時代、町奉行に追いやられた遊女は、表向きは仏門の女を装い、当局の目をくらましたのです。

天和の頃の『紫の一本』に「めった町(神田多町)に永去、お姫、お松、長伝などという比丘尼ありし由を記す」といった一文があり、その装束を「今の小袖かたびらを宿つき着とぬぎ捨てゝ、あかし縮、絹ちゞみ、白さらし、うこん染の紅裏の袖口、うら襟かけ、黒繻子茶じゅす幅広帯、黒羽二重の投げ頭巾、または帽子で包むも有」と中宿(なかやど)と呼ばれた本拠地にもどると、外着から艶姿に着替える様子を捉えています。

この中宿は江戸、日本橋の玄冶店(和泉町の北側)京橋の八官町、畳町、赤坂にもありました。

『我衣』には、時代による比丘尼の変遷を「天和、貞享の頃は浅黄木綿、白き浅黄もあり。素足、わら草履、菅笠、手覆ひかけ、柄杓腰にさし、文庫をもたせたり。元禄頃より黒桟留額布を着す。これより他の色の布子を着す。されど無地なり。宝永より小比丘尼に柄杓をさゝせ、文庫をもたせり。元禄より中宿ありてこれに行く。」と記しています。

この江戸の比丘尼が元禄後の宝永三年(1706)の町触で、同じく風紀を乱した踊子
隠売女とともに

一、 比丘尼の中宿致し、大勢人集りなど仕候者所々の数多これある由、これまた停止に候間、自今以後比丘尼宿堅く仕る間敷事

と槍玉に挙げられたのですが、江戸の町から比丘尼が消える事はありませんでした。



by gionchoubu | 2015-02-08 12:13 | 京都の花街・遊廓 | Comments(3)
Commented at 2021-09-03 18:01
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 比丘尼 at 2021-09-03 18:04
比丘尼
Commented by 桜庭ゆりな at 2021-09-03 18:04
春日佑芳