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橋本遊郭の歴史 その四

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昭和十二年の橋本の業者を総て記すと、石原楼、榮楼、石季楼、西幸福楼、稲葉楼、よし歌、鯉初楼、民乃家、一富士楼、辻よし楼、辻よし楼支店、岡田楼、小野家、巴楼、小川楼、大きん楼、友栄楼、第二友栄楼、星川楼、織家、増仲楼、吉元楼、いろは楼、華松楼、繁の家、小金川楼、土家楼、辻井楼、嶋辻楼、中村家、第二中村家、大和家、花家、萬喜楼、吉野楼、南佐楼、菊水楼、竹沢楼、久保田楼、多津美、京山楼、賑楼、三枡楼、第二三枡楼、第三三枡楼、京華楼、第二京華楼、第三京華楼、増田楼、前田楼、高瀬楼、第二高瀬楼、一福楼、東幸栄楼、松久楼、幸福楼、深川楼、福本、富士太、ふじ雪、一橋楼、鯉谷楼、昌栄楼、宝春楼、つぼみ楼、吾妻、山勝、鶴の家、辻安楼、ひさご楼、幸栄楼、勝山楼、玉家、新京福、ます家、長榮楼、和泉楼、三盛楼、第二幸福楼、朝日楼、平山楼、森川楼、森田楼、松よし楼、大山楼の八十五戸

郭内は殆ど貸座敷で占められていたのですが、その他、正福寺、金比羅神社、巡査駐在所、郵便局、歯医者、紹介業、履物屋、結髪業、化粧品屋、煙草屋、雑貨家、文房具家、仕出家、十数軒の飲食業、公会堂、理髪店そして橋本湯がありました。この中で理髪店と橋本湯は今も営業されています。

戦前、戦中、戦後あたりの橋本遊廓の様子は分からないのですが、昭和三十年、『よるの女性街・全国案内版』で渡辺寛は大店として辻よし、石原を挙げ、業者七十五軒、娼妓二百六十二名としております。

同じ頃『日本花街誌』の第二章、紋章の研究で加藤藤吉は、紋章もないのに橋本に一項を設けて、「行事も催さなければ、宣伝の必要もなく、極めてのんびりと朝に京の客を送り、夕べに大阪の客を迎えている頼もしさである。」と結んでいます。

この後直ぐ、昭和三十一年五月に成立した売春防止法で二年間の猶予を経て、遊廓前面廃止が決定づけられると、橋本の貸座敷業者は自民党に集団入党して実施延期を要望しましたが、当然の事ながら、この決定が覆ることは有りませんでした。

結局、橋本遊廓の廃止にまつわる歳費の減少で、八幡市の年間町民税の三分の一、300万円の町税が減少、八幡市は財源に苦しみながらの財政運営に直面することになったのです。

いかに橋本遊廓が財政面で市に利したかを『八幡市誌』は、その経過をそのままに書いているのです。多くの市史、町史が地元にあった遊廓の存在すら触れていないのを鑑みれば、その昔、橋本の遊女は雇い主の籍に入り、宗旨を同じくしたという古文書の事例と合い通ずる気風といったものがこの地にあるのかも知れません。

さて、遊廓廃止の前後より、橋本は地区内の鉱水に炭酸鉄泉が規格に適合するとの判定を受け、淀川温泉の名称で温泉地の道を模索し、数軒の温泉旅館が誕生しましたが、集客が思うようにいかず、昭和52年に解散しました。

多津美旅館さんについて・・・現在多津美旅館として内風呂を持ち、女性客はお断りして、男性のみ、ビジネス客や職人さんなどを顧客とされていますが、もとは大工であった先代のおじいさんが京阪駅前、今の理髪店の道路挟んだ左斜め前で貸座敷を開いたのですが、後日現在の場所、いろは楼あった場所に移転しました。音無川から淀川を見渡せる立地は、橋本の中では一等地と思われます。私も宿泊させていただき、色々お話を伺うことができました。

参照:橋本遊廓沿革誌
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                    画像はすべて多津美旅館さん

by gionchoubu | 2014-12-15 11:16 | 京都の花街・遊廓 | Comments(2)
Commented by 今紫 改 文車 at 2018-10-11 17:02 x
花街ぞめき様
お久し振りです。筆名を「文車」を改めました。輪違屋に在籍した太夫名に由来します。よろしくお願いします。
橋本遊廓跡は2000年代に訪れました。街道型の遊廓が色濃く残るのは大変貴重です。
先程、インスタグラムを覗いたら、妓楼の一件が売りに出され、遊廓ファンにとって大変なことです。建築芸術、歴史の価値の知らない三流不動産がやることです。これを壊したら元には戻りません。仮に復元したとしても模造品として扱われます。五条楽園歌舞練場が解体の危機に晒され、名古屋は中村遊廓の稲本楼は破壊されました。
今の日本は無知無教養で野蛮な後進国として北朝鮮よりも格下に見られるようになりました。本当に為す術もありません。遊廓の建物一つ大事にしない国はマザーテレサの予言通りに滅びてしまえばよいのです。
Commented by gionchoubu at 2018-10-12 11:47
> 今紫 改 文車さん

以前三重の貸座敷を訪れたとき、商工会議所がその保存に努力されていましたが“負の遺産として”を強調されていており、いろいろ苦労されているようでした。

御存じかと思いますが、奈良の大和郡山の洞泉寺遊郭跡の木造三層楼の見事な貸座敷、旧川本家は市が買い上げ、耐震工事までして無料で今年より「町屋物語館」として無料で一般公開しています。

遊郭というものは莫大な税金を市に納めました。その恩を返した自治体はほかにもあるのでしょうか?

大和郡山市グッドジョブです。

ちなみに明後日行ってきます。