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遊廓、花街の類形 その十一

遊廓、花街の類形 その十一_f0347663_11501699.jpg
                京都府 綾部 月見町は花街の風情をよく残します
城下町の花街・遊郭の成立過程はさまざまで、江戸の吉原や大阪の新町は前も述べたようにC 人目につくところから隔離を目的としたもので、幕府の意向に添い出来上がりました。

ただし大阪でも、新町以前に幕府でなく大阪城代が許可した今の道頓堀、ちょうど松竹座の裏あたりにあったとされる下灘波領の遊里は、その後非合法遊里としての起源を持つ島之内や北之新地と同じくBの人を集めようとした処に入るはずです。

もう一つの大都市、名古屋の築城の際できた飛田町の遊郭はA の人が集まる所に設置されたものの、その役目が終わると廃止の憂き目を見たのですが、異端の殿様宗春が七代目尾張藩主として赴任すると、西小路さらには富士見原、町に遊郭を新設しました。これは経済活性の目的でBにはいります。尤もこの試みは宗春失脚のため十年持たず、以後名古屋市中心には明治まで遊所というものが有りませんでした。

宗春が異端だった事で浮かび上がるように、江戸幕府は、特に元禄の奢移時代の反動で、以後極端な倹約令を引き、遊郭や芝居などは目の敵といった具合であり、城下に城代公認の遊里は中々持てなかった筈です。

ですから東海道を通る、浜松、吉田(豊橋)、岡崎などの城下町にあった遊里は非合法であり、宿場型として飯炊き女の名目で遊女を置いたものです。

江戸から離れた金沢の東廓は外様の加賀藩が散らばっていた茶屋を集めて公認したものですが、文政三年(1820)設置となれば江戸時代の終盤ですし、彦根の袋も藩政時代には無く、明治になって幕府の箍が外れて開業したものです。

ただ私としては、龍野、赤穂などの小城下町型花街といった類型は可能だと思いますので今後の課題としたいと思っています。

企業城下町型として、一つの企業が独占に近い形で遊郭、花街を支えていた類型が成立するかもしれません。

綾部の月見町の花街と、この町に大きな影響をもつ婦人衣料メーカー、半田市の花街と上客であった大手醤油メーカー、小松市にかつて存在した、特定の企業と従業員御用達の様な遊郭といった具合ですが、こちらも現在資料集めの段階です。




by gionchoubu | 2014-11-21 11:52 | 遊廓、花街の類形 | Comments(0)