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花街あれこれ *このブログに掲載されている写真・画像を無断で使用することを禁じます。


by gionchoubu

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やとな倶楽部_f0347663_13145571.jpg
             ヤトナの本場であった東山安井
大正四年、京都に最初の雇仲居倶楽部はその名も「やとな倶楽部」で、主幹が鷲尾彦次郎、会長中川さだこを置いて四條高倉で看板を掲げたのですが、その案内書に当倶楽部の営業案内があり、それを要約すると

一、当倶楽部はヤトナ即ち高級仲居供給業として、大阪、神戸に続き、京都の最初のヤトナ倶楽部として開業した。
一、当倶楽部の会員には、諸礼式、謡曲、茶道、音曲等の教育が行き届いている。
一、会員は品行方正で、どんな厳格なご家庭に呼ばれても大丈夫。
一、当倶楽部の会員は元祖やとなくらぶの徽章をつけている。
一、以下の場席に会員をお招きください。
  園遊会、ご婚礼、ご宴会、ご家庭御小宴会

とし、ヤトナを呼ぶメリットとして、電話一本で簡単に呼べ経済的、芸者では差し支える場所にも呼べる、などを挙げ、宴会の様式に応じて料金を△月の部△雪の部△花の部に分けました。

その後十年あまりで雇仲居の学校で紹介したようにヤトナ倶楽部の数は増え続け、ヤトナ学校まで設立されたのですが、その頃既に園遊会、ご婚礼、ご家庭小宴会はともかく、ご宴会に芸妓の代用として呼ばれるヤトナが独自の進化を遂げてきたたようです。電話一本でどこにでも来るし時間制限もない便利芸者、やとなの需要は増える一方であったようです。さらに芸妓は重税に苦しむもやとなはその限りでない、芸妓のように花街に縛られることもなく、稽古を含め拘束がはるかに楽、となるとヤトナの志望者こと欠かないという背景も見逃せません。

昭和七年七月号の『技芸倶楽部』を読むと、実際ヤトナの営業は夜十二時までと決められているのですが、木屋町、東山安井の旅館、席貸で営業時間外でも取締りから逃れていた状況がよく分かります。

さらに昭和九年八月の同書では「東京玉の井の出方、京都の如何はしい雇仲居、警察取締は中々困難か」の記事に「京都では出方と云って好いか、私娼といって好いか、其の別名は知らないが、普通の席貸、料理屋等のうちには夜の三時四時頃までも調子外れの三味を弄して俗悪極まる卑猥な唄を唄ひ、或は辺り憚らず高声を放ち猥褻極まる咄しを交して近所合壁の眠りを妨げるのは大抵如何はしい雇仲居である、夫れでも何等咎めらるゝ事なく、毎夜アノ家でも、コノ家でも、横暴を極め近所の迷惑、安眠妨害、そんな事は知らぬが半兵衛式、夫等の取締は何処にあるか、サッパリ訳が分かぬ様な事では、実以て迷惑千万な事」とヤトナは品行方正どころか、私娼と同列で述べる文が載るほど、その最初の理念とはかけ離れた存在になってきたのです。



by gionchoubu | 2014-10-07 13:16 | 雇仲居 | Comments(3)
Commented by 植松 at 2014-10-21 12:50 x
ヤトナは大阪と京都では大きく違いますね。
新妍芸妓のこと、ヤトナのことを、宮川町の元芸妓さん(いまはお茶屋のおばちゃん)から伺いました。
宮川町の一見茶屋の時代を知っておられます。
東映映画「廓育ち」にも新妍芸妓のことが出てきて驚きました。
Commented by gionchoubu at 2014-10-21 20:21
>植松様
四国の旅館は今でもヤトナさんがいるようです。本土では絶滅したのに、何か進化論を見ている思いです。
昭和30年代には下河原に京都新研芸妓共同事務所があり後に京都新研芸妓歌舞会に発展したそうです。
「廓育ち」初耳でした。いい情報を頂きました。感謝しております。
Commented by 植松 at 2014-10-22 01:53 x
東映『廓育ち』は昭和
32年秋の島原を描いています。転廃業で揺れる娼楼の女将が三田佳子です。
驚いたのは、歌舞練場など現地ロケが大半ということです。
私は学生のころテレビ大阪で見て、のちにDVDを買いました。
大変貴重な映像です。

宮川町の某お茶屋の女将さんが下河原でヤトナクラブをされていたと思います。
売防法制定後の抜け道であったようです。
それはこの映画からも宮川町の元芸妓のお話も一致します。