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花街あれこれ *このブログに掲載されている写真・画像を無断で使用することを禁じます。


by gionchoubu

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幾松の偽写真

幾松の偽写真_f0347663_14051971.jpg
最近でも、竜馬の妻として名高いおりょうの若かり写真の真偽が話題になりましたが、昭和六年にも、当時ある本に掲載された酌人時代の幾松の写真が本物かどうかという話題を、昭和六年の『技芸倶楽部』技芸倶楽部社発行で、中神鹿城が三号にわたり掲載しました。

これはこの頃、東京の四六書院から発行された『芸者通』という本で、著者の花園歌子が文久三年(1863)に撮影されたと書かれた、幾松二十才頃とされる写真を掲載した事に端を発したものです。

実は鹿城は明治の末頃、大阪朝日新聞の記者時代、幾松の写真が実在するかどうか奔走するも糸口すら掴めなかった経験があるので、この写真が載ったときすぐ疑問を抱き、花街研究家の加藤藤吉に相談しました。藤吉は『芸妓倶楽部』にも寄稿し、歌子とも親交があったからです。

鹿城の言葉によると、「明治維新前、況して文久三年頃幾松にかぎらず三本木の酌人の写真が世にあらうとは信じられません、又其の時代に三本木の酌人が此様に江戸ッ子髷を結ふて居る筈がないです、又其頃には三本木の酌人のみか京都の芸者が斯様細衿の衣服を着て居る筈がないです~略~其外履物といひ総てに対して三本木の幾松とは何とも信じられない様です。」

一方加藤は肯定側で、この写真は当時のガラス写真の原版は不明ですが、印画紙焼付け版と考えられ、大審院判事法学博士尾佐竹猛の主宰する明治文化研究会、維新史料、風俗研究家もこれを幾松と認めているという答えが返ってきました。

しかし加藤自身も明治以前の文久に撮影されたのは疑問視しており、さらに尾佐竹博士も幾松の偽写真が数種出回っているのを認めながらも、これが幾松であると説得させる材料は東京側より出て来ませんでした。

歌子の方は、写真に幾松と書いてあった、東京側で田中伯以下多くの人が幾松と認めている、偽者と因縁つけるとは、いったいこの始末をどうしてくれるのだ、と、怒りに満ちた寄稿を『技芸倶楽部』に寄せ、中神も全文これを掲載しました。

中神は井上流の名人で花柳界に通じた松本佐多や実際幾松を見たことがある祇園の老妓に写真を見せても、悉く否認論者でわが意を得ましたが、決定的に偽写真と結論つけたのは、実際三本木時代の幾松と働き幾松を良く知る、この時八十六歳の老嫗も、さらに前回載せた木戸松子になった幾松の写真を所有していた木戸公別荘の当主、木戸忠太郎の証言も、写真は全くの別人であると裏付けたからです。

この騒ぎの中、鷲山球天が技芸倶楽部に、桂小五郎が即興に書いた浮雲に木圭(もくけい、桂の字を二つに分けた号)の落胤のある「さつきやみ あやめわかたぬ 浮世の中に なく(鳴く)は私と社守(ほととぎす)」の都都逸を添えた、小五郎直筆の団扇の写真を寄せました。

新撰組の厳しい追跡の中、幾松爪引きの三味に合せて、吉田屋の一室で吟じたかもしれない情歌を載せた団扇は、数十年後の浮世の写真詮索騒動をどう見たことでしょう。

* おりょうさんの写真ですが、名前が添えられていただけで本物であると判断するのは大変危険だと思います。なにしろ幾松の偽写真には洛東霊山にある翠香院松子さんの墓誌まで書き添えられていたそうですから。 


by gionchoubu | 2014-09-17 14:05 | 京都の花街・遊廓 | Comments(0)