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祇園ねりもの 二十

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        文久九年(1864)刊、増補華洛細見図絵より、四条通りを八坂神社に向かうねりもの。

天保五年(1834) あんどう題 園の寿、先囃子 さが参り姿八名、練り子三十二名、風流海土(万やまさ)田植姿(宇治や小若、近江やまさの)粂の仙人洗濯女姿(宇治や君勇)等、後囃子 大津屋幇間連八名。菱川清則の絵番附の先囃子に珍しく、大津屋の幇間の姿が見えます。
この天保五年のねりものの後に出された「祇園会ねりもの見立評判附」に関する記述は『祇園祭・花街ねりものの歴史』に詳しく書かれています。

天保六年(1835) あんどう題 打出の小槌、先囃子 踊子姿七名、練り子二十九名、お三輪(井筒や友葉)青柳硯小野道風(井筒や三吉)浅尾与六役陀仏坊(井上やまち)等、後囃子 仕丁姿幇間八名

天保七年(1835) あんどう題 千世のながめ、先囃子 女雛姿九名、練り子二十九名、菊の宴(一力とく)風流桜川(近江や友鶴)若殿廓通い(祇井筒梅香)等、後囃子 風流弥生姿幇助間十名

天保八年(1836) あんどう題 夏神楽、先囃子 風流神八名、練り子十九名、風流女姿稲荷参り(京井筒屋君菊)伊勢物語信夫(京や小ゆか)おそめ(玉屋君勇)等、後囃子 風流あつま獅子幇間八名、春貞画の番附を見ると先囃子七人の後ろに一人の幇間が申し分け無さそうに顔を出すのが笑いを誘います。私の知る限り、幇間で描かれているのは、天保五年の清則画と天保八年の春貞画のみで、長秀のものでは見たことがありません。

天保九年(1837)
 あんどう題 園の縁、先囃子 風流石橋姿九名、練り子十八名、宮本無三四(いづつや熊松)持山姥(井上や小幾)付添金時(同かね)等、後囃子 鳥升屋幇間連十人

天保十年(1838) あんどう題 めぐみの色、先囃子 源氏胡蝶すがた九人、練り子二十三名、伊勢侍従(常盤や政鶴)うつぼ猿(たまやとよじ)尾形力丸(井上や千代松)等、後囃子 川竹屋幇間連中八名(花の山廓の賑)

天保十一年(1839) あんどう題 さきはう園、先囃子 風流万才九名、練り子二十一名、風流蟻通(吉田や美浦)加賀千代(桜井や鶴香)鶯宿梅(京井筒や栄治)等、後囃子 羽衣姿、大黒屋幇間連中九名

天保五年から七年でねりものが連続して行なわれ祇園は絶好調の賑わいを見せるのですが、この後日本中の遊廓、花街は江戸期最大の試練を迎えます。
所謂天保の改革で、京都も嶋原、中書島、撞木町以外は祇園を含むすべての遊所はお茶屋渡世が禁止、娼妓、芸妓も廃業か嶋原に移る様命じられました。

結局内六町に限り復帰を許されたのは八年後の嘉永四年、外六町も復活、ねりものが再開したのは万延元年になりました。

万延元年(1860) あんどう題 後千度の賑わい、先囃子 富士太鼓十一人練り子の数六十五名はその後も含め、祇園ねり物最大の規模で江戸時代最後のねりものになりました。何れも能狂言の扮装、その絵は八坂神社絵馬堂に掛けられているそうですが、現在非公開です。練り子は翁(玉屋菊勇)貫之(近江や歌松、若松屋歌松)石橋(嶋村やちか鶴)等、後囃子 神楽

祇園で練り子をだしたのは置屋を兼ねたお茶屋と言いましたが、正確には京、大坂独特の見世と言われる業種で、『鴨東四時雑詞』では「おやま(娼妓) も芸子も、見世とうちとは別なり、見世とは江戸にていう見場也。扇九、一力、井筒など、茶屋をたれは何屋と定めおくなり。抱えのげい子もあり。」と説明しています。見場とは一般に検番とか見番とか言われる置屋とお茶屋を取り持つ事務所の性格を持ちます。

以下が江戸期祇園ねり物を出した見世です。

新屋(あたらしや)、三桝屋、京屋、井筒屋、水口屋、宇治屋、京井筒屋、扇九、井上屋、奈良屋、桜井屋、花菱屋、万屋、一力、松本屋、常盤屋、玉屋、湊屋、吉田屋、みくらや、茨木屋、嶋村屋、若松屋、玉川屋、花まつや、惟茂屋

現在この中で、一力がお茶屋として唯一残ります。また見世はもう有りませんが舞妓さんデビューであるお店出しはこの見世から来ていると思います。


by gionchoubu | 2014-07-01 16:22 | ねりもの Gion Nerimono | Comments(0)