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島原、輪違屋太夫 賛姿語録 その一

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                    如月太夫 輪違屋

太夫職 傾国において、最おもんずべき職なり。唐位にても、正議太夫・通議太夫は、和朝の正四位の上下に当たれ。

大中太夫・中太夫は従四位の上下に当れり。

中散太夫・朝議太夫は、正五位の上下に当れり。

朝請太夫・朝散太夫は、従五位の上下に当れり。

慈性院殿義政公、申楽の能を好ませ給ひて、観世を太夫と称ぜられる、是諸太夫に比するが故也。

其外、保生・金剛・金春・各太夫と称し、彼等一座の棟梁として、今に至り連綿す。

然るに中比、出雲巫といふもの京に来り、僧衣を着て鉦(どら)をうち、念仏躍といふことをせしに、其後男の装束し、刀を横へ、歌舞を尽せり。

俗に是を哥舞伎といひしなり。

是より事起りて、元和年中より、女哥舞伎はじまり、其後傾城の能をも催せり。

先(まづ)佐渡嶋が大哥舞伎、道喜・若女郎などいふ座あり。

其中の傾城に、芸の堪能なる者を選み出して太夫と称せり、しかしよりこのかた、傾城に太夫の号今にたえず。

しかりといへども、昔の太夫は、芸に堪能ならば、貌(かたち)はいたくすぐれずとも、太夫に称すべきが、近代の傾城は、芸堪能なりとても、容貌抜群にすぐれされば、太夫とは定めず。

百人が中を十人すぐり、十人が中より一人えらみ出す程ならでは、太夫といひがたし。

当時は芸をはげまずして太夫となれば、奏せずして位階五位に准じ、氏性を改めずして上職にいたる、最たうとむべき事なり。


『色道大鏡』藤本箕山より



# by gionchoubu | 2017-10-19 11:13 | Comments(0)

京都パンパン赤線時代 四十一

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      五番町

昭和26年10月10日 京都新聞

『玄人女を食う男 オトリ電報で誘い客とらす』

西陣署保安少年係では堺市龍神橋通一丁目十五FIを婦女誘かい容疑で逮捕、取調べている。

同人は大阪龍神でカフェー名義で“三日月”という貸席屋を開いているが「この商売は京都で磨きをかけた女に限る」と去る二日よる上京区仁和寺街道千本西入ル貸席業“万年”のしゃく婦勝巳ことMYさん(23)の客とし同家に上がりこみ「おれの家にくればいまの数倍のもうけになる」と引抜話を進めたうえ翌三日住吉局発信で「オバキトクスグカエレ」のニセの電報を打ち、大阪の叔母宅に呼びよせ巧みに自宅に連れ込んで客をとらせたほか、下長者町通六軒町西入ル貸席業“静風荘”しゃく婦力彌ことMA(30)さんにも同様手段で一万円の借金、借着ごと引抜いて客をとらせていたが四日午後九時半ごろこれに味をしめ更に仁和寺街道六軒町西入ル“星座”しゃく婦るり子ことCK(21)さんをくどいてはねつかられ、同店主人からこれを西陣署に届出たので前記犯行がばれたもの。

************

戦前遊廓の娼妓の引き抜きに、娼妓が必ず検診に訪れる検黴所で引き抜く側が待ち構えるとうい話をかいたことがありますが、こんな引き抜き法もあった事が分かります。

ちなみに、上記の引き抜きが行なわれたのは五番町(北新地、西陣新地)のことでありました。

赤線時代に葬祭の時はしゃく婦も出席する慣わしであったことが読みとれます。遊廓時代に娼妓はどうだったか・・・書かれた既述に出会った事はありません。

昭和26年10月11日 京都新聞

『巣食う「夜の女」祗園一帯の旅館を急襲』

京都市警保安部では八、九両日祗園一帯の旅館を一せい臨検、東山区花実小路旅館つね家ことTY(42)、同区大和大路四条下ル松倉旅館SM(42)、同区祗園花町ひさご旅館CN(41)を勅令九号ならびに風俗営業取締法違反容疑で検挙した。

同旅館などでは二、三人の女を抱えているほか通勤で五、六人の女と契約を結び女学生、オフィス・ガールらお好み次第に客にふれこみ、あるいは電話で呼び出したりして一時間五百円ぐらいで客席にはべらせ、旅館、ポン引らがその分け前にあずかっていた。

また松倉方では十六歳の可愛らしい住込女中に売いんを強いていたことも判明、女らの中には街頭に立って客を求めるよりは一定の旅館と契約を結ぶ方が楽だと前記旅館に出入りしているものがある。

『大津で42人検挙』

大津市警では県衛生生活予防課と協力、九日夜七時から九時までの間に夜の魔くつとみられる同市浜大津北保町を急襲、逃げまどう売しょう婦四十二人を検挙、大津市立病院に収容した。

ほとんど京都市からの出かせぎ者で、年齢的にみると二十五歳未満が三十二人で大多数を占め、学歴別は小卒二十、中高卒十人、新中、高校各五人となっており虚栄心を満たすため転落したものである。

同時に検挙された同市漣町SK(21)は覚せい剤メチルプロパミン、ネオアゴチン十本を発見され、覚せい剤取締法違反容疑で近く送庁される。


# by gionchoubu | 2017-10-16 11:23 | パンパン、赤線 | Comments(0)

島原ぞめき 島原太夫


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                       輪違屋 如月太夫

              


大変無責任な立場から申し上げると、芸能などの世界で、公的機関からそれなくしては維持できない額の補助がでると、その芸能は形骸化してしまうと私は思っています。

大変残酷ですが、これは芸能に限りません。

一時火が消えかけた上方落語に、もし当時お上から多額な公的資金が流れていたら、自助努力はなされず、現在の復活は有りえなかったと思います。

現在の隆盛の礎を築いた四天王をはじめ関係者の方々の血のにじむ様な努力が現在の繁栄に繋がったのだと思います。

この努力には芸を磨く努力と同じ位の営業努力が必要となります。この二つを同じ人に求めるのはなかなか難しく、矢張り、その芸能を愛する有能な営業部員を抱えるのが必要です。

昭和十一年三月一日発行の『技芸倶楽部』の『島原廓としては太夫を養成せよ 何よりもそれが肝腎』東山正著を読むと、

島原廓の太夫なるものは、矢張り相当貫目のあるものでなくてはならぬ。

左ればつまらぬものを、是が島原廓の太夫さんで候のと人前へ出したとて、「何だコリャ猿芝居の太夫見たいな」と、只だ笑われるまでのこと、幾多苦しい関を乗越へて、仮令少数ながらも、貫目のある太夫を絶へず養ふて来た島原廓の業者は同廓の為め大なる功績者である。

日本全国遊廓の創業地ともいふべき島原廓の名を、仮令昔ほどの旺盛さは無いにしても、此セチ辛い世に斯くも維持して来った事は大いに多とすべきである。

此は全く太夫そのものがあればこそで、太夫がなく単に普通の娼妓丈だけであったならば、迚も迚もこゝまで島原廓の名声は続き得ず、維持はできなかったであろう。

仮に島原廓を維持し得られたにしても、言ふにはいはれぬ島原廓古来の沽券は何処かへ消え失せてゐたかも知れぬ、其処に至ると島原廓と太夫、これのは特別の因果関係が刻まれてあるものと思はなければならぬ。

島原廓の貸座敷業者は直接太夫に関係のあると無いとを問わず、島原廓に太夫を養成するといふ事に就ては相倶に大に力を致さなければならぬ筈、そして太夫の貫目のドシドシ向上する事に盡さなければなるまいかと思う。

さうあってこそますます島原廓が世に知られ島原廓が繁盛するのである。若し過って島原廓に一人も太夫が居らないとしたならば、夫こそ古来世に知らされ来った、而も京都著名の古名所たる島原廓は自然廃滅して終ひ、古来幾多の難関を乗越し、こヽまで維持し来った先輩に対しても相済まない次第。

だから其の処を能く熟慮あって、島原廓の業者諸君は直接間接を問はず太夫の養成に協力一致、ますます土地繁栄に努むるの心掛けが肝要であるかと思う。

***********************

この記事から八十年経ちました。今でも島原の輪違屋に太夫の伝統を遺すには、人に言えぬ苦労があったことでしょう。

左ればつまらぬものを、是が島原廓の太夫さんで候のと人前へ出したとて、「何だコリャ猿芝居の太夫見たいな」と、只だ笑われるまでのこと・・・

幸いな事に、輪違屋さんお抱えの太夫さんは、この言葉の正反対にいらっしゃいます。


# by gionchoubu | 2017-10-11 16:22 | 島原遊郭 | Comments(0)

京都パンパン赤線時代 四十


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                       林下町の路地

昭和26年8月14日 夕刊京都新聞

『19娘から甘い汁 肉体売らして強欲婆がピンはね』

伏見区深草極楽町STは刑法一八二条違反反容疑で十二日伏見署員に逮捕された。

同人は本年四月十五日ごろ同区深草直橋三丁目某女(19)を親に内緒で呼び出し、よい働き口があるから世話すると東山区三条東入るI某方に連れ込み、同人及びIが共謀のうえ営利の目的で十数回にわたり客をとらせ、STはIから世話料として五百円を取り、Iは某女から客のある毎に半分をとっており、更にSTはIから世話料として五百円を取り、Iは某女から客のある毎に半分をとっており、更にSTは本年三月ごろ前国立京都病院看護婦をI方に世話し、三百円の手数料をとっていたもの。

『二少女売飛す寸前 これは婦女誘かい容疑で捕る』

伏見区両替町十三丁目KM(41)を婦女誘拐容疑で十二日自宅で逮捕、取調べを進めている。

同人は同区成町A子さん(16)や同区下鳥羽B子さん(16)によい働き口があると言葉巧みに話しかけ、十日あさ自宅に二人を招き北海道の方が金回りがよいと北海道行きをすすめ、支度金として千五百円から三千円を渡し十一日の夜行で行こうと用品を買わせ、京都駅で二人を待合わせ中、警察にしられたからその日は帰ったところ、かねてから北海道方面に女をつれ出している疑いで捜査中の伏見職員に逮捕されたもので余罪取調中。

昭和26年9月21日 京都新聞

『京の花街へ流す ヤミ覚せい剤もつ男ご用』

松原署保安係では十九日午後東山区団栗橋新道付近をうろついていた神戸市長田区五番町五丁目七二AA(25)が無印覚せい剤千五十本を所持していたので、所持違反現行犯で逮捕取調べていたが、同人は去る八月十五日から七回にわたり神戸市元町三丁目カフェー初恋ことYSさん(31)方KM(26)から覚せい剤四千五十本を一本四円で買付け京都へ運んでは色街に一本五円で売却していた事を自供、二十日午後送丁すると共にKMを神戸で逮捕した。

また同日午前十時半ごろには東山区祇園町北側林下町をヒロポン百本をもってうろついていいた中京区衣棚三条上ルMM(29)を?署員が同所持法違反で逮捕したが、同署では最近大掛かりなこの種覚せい剤ブローカーのリストを作成、近く大規模な密造所摘発の計画を練っている。

昭和26年 9月23日 夕刊京都新聞

『ヤミ覚せい剤売る しゃく婦相手にかせぐ悪薬剤師ご用』

七条署では二十一日下京区七条三ノ宮東入薬剤師KM(24)を覚せい剤取締法違反容疑で逮捕した。同人は昨年十月から大阪市東区道修町東邦製薬会社で密造されたニセネオバミンを前後約十回にわたり五千本を一本十円の割りで同会社の販売人から仕入れ、一本十五円で七新、島原、宮川町のしゃく婦に販売していた疑い。



# by gionchoubu | 2017-10-10 11:28 | パンパン、赤線 | Comments(0)

京都パンパン赤線時代 三十九

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昭和26年7月31日 京都新聞

『私は売られゆく 婦人少年局京都の調べ 人身売買盛り返す・親も認証済』

かつては東北方面の女性の身売りが大きな社会問題となったが、最近になり再び人身売買が盛んとなり、関係者の注意をひいている。

そのうち年少者(十八歳未満)について婦人少年局京都職員室が二十五年七月一日から二十六年六月三十日までの一ヵ年について調査したところによると、表面的に表れたのだけで二十九件(男一件、女二十八件)である。

原因は1、甘言につられて六件 2、家出六件 3、家庭貧困三件 4、虚栄一件 5、不明十三件となっており、売買あっせん者の巧妙なわなが至る所にはられて、遠くは東京、長野からも売られてきている。

学歴については1、小卒十八 2、高小卒二 3、高女中退一 4、高女卒一、5、不就学二 6、不明五となっている。

一例をみるとNさん(十七)は前借金一万円で売インを内容として富山市の飲食業S方にかかえられており、保護者もこれを承認している。仲介業者のXは仲介料として九千円を受けている。

“封建的な考えすてよ”前田婦人少年局京都職員室主任談=私の方でもいろいろ耳にして、かつての人身売買の復活として大変心配している。

なかににはまだ、封建的な“子は親のもの”といった考えで、親を助けるためにはどうでもいいと、子供自身も親も思っている人があるが、早くこのような考えはやめて欲しい。

私たちとしては調査権のみで行政権はないので、監督署と協力して出来るだけ防止したい。表面に現れた以外にもっと多くの人が苦しい日を送っていると思うが、私たちにいってくだされれば出来るだけの手は尽くしたいと思っています。

昭和26年8月6日 夕刊京都新聞

『家出娘を食う女 誘い込んで客をとらす』

四日午後十一時四十分ごろ、伏見区京町二丁目Y(36)を窃盗及び売イン勧誘罪容疑で伏見署員が逮捕、同人は七月四日ごろ、大阪府枚方市岡新町山田花江(19)―仮名―が京都で働くと家出、京阪電鉄七条駅付近をはいかいしていたとき、Yがよい金もうけの口があると言葉巧みに連れ帰り、自宅や付近の家で客を取らせ、その都度部屋代、食事代と三千二百円を取り、山田が同月十日平安病院に入院中に、預ったトランクを無断でこじあけ、女物衣類ほか七点を入質、薬代と称してまきあげていた強か者で、二十四年九月政令三百八十九号違反として取調べを受けたが保釈となり、裁判所から再三の呼出しにも応ぜず、常習的に売イン勧誘を行なっていたもの。



# by gionchoubu | 2017-10-07 11:50 | パンパン、赤線 | Comments(0)